二

 命は、その土地にお着きになり、熊襲建《くまそたける》のうちへ近づいて、ようすをおうかがいになりますと、建《たける》らは、うちのまわりへ軍勢をぐるりと三|重《じゅう》に立て囲《かこ》わせて、その中に住まっておりました。そして、たまたまちょうどその家ができあがったばかりで、近々にそのお祝いの宴会《えんかい》をするというので、大さわぎでしたくをしているところでした。
 命《みこと》はそのあたりをぶらぶら歩きまわって、その宴会《えんかい》の日が来るのを待ちかまえていらっしゃいました。そして、いよいよその日になりますと、今までお結《ゆ》いになっていたお髪《ぐし》を、少女のようにすきさげになさり、おんおば上からおさずかりになったご衣裳《いしょう》を召《め》して、すっかり小女《こおんな》の姿《すがた》におなりになりました。そして、ほかの女たちの中にまじって、建《たける》どもの宴会《えんかい》のへやへはいっておいでになりました。
 すると熊襲建《くまそたける》きょうだいは、命をほんとうの女だとばかり思いこんでしまいまして、その姿のきれいなのがたいそう気にいったので、とくに自分たち二人の間にすわらせて、大喜びで飲みさわぎました。
 命は、みんながすっかり興《きょう》に入ったころを見はからって、そっと懐《ふところ》から剣《つるぎ》をお取り出しになったと思いますと、いきなり片手で兄の建《たける》のえり首をつかんで、胸《むね》のところをひと突《つ》きに突き通しておしまいになりました。
 弟の建《たける》はそれを見ると、あわててへやの外へ逃げ出そうとしました。
 命《みこと》は、それをもすかさず、階段《かいだん》の下に追いつめて、手早く背中《せなか》をひっつかみ、ずぶりとおしりをお突き刺《さ》しになりました。
 建《たける》はそれなりじたばたしようともしないで、
「どうぞその刀をしばらく動かさないでくださいまし。一言《ひとこと》申しあげたいことがございます」と、言いました。それで命《みこと》は刀をお刺《さ》しになったなり、しばらく押《お》し伏《ふ》せたままにしていらっしゃいますと、建《たける》は、
「いったいあなたはどなたでございます」と聞きました。
「おれは、大和《やまと》の日代《ひしろ》の宮《みや》に天下《てんか》を治めておいでになる、大帯日子天皇《おおたらしひこてんのう》の皇子《おうじ》、名は倭童男王《やまとおぐなのみこ》という者だ。なんじら二人とも天皇のおおせに従わず、無礼なふるまいばかりしているので、勅命《ちょくめい》によって、ちゅう伐《ばつ》にまいったのだ」と、命《みこと》はおおしくお名乗りになりました。
 建《たける》はそれを聞いて、
「なるほど、そういうお方に相違ございますまい。この西の国じゅうには、私ども二人より強い者は一人もおりません。それにひきかえ大和《やまと》には、われわれにもまして、すばらしいお方がいられたものだ。おそれながら私がお名まえをさしあげます。これからあなたのお名まえは倭建命《やまとたけるのみこと》とお呼《よ》び申したい」と言いました。
 命は建《たける》がそう言いおわるといっしょに、その荒《あら》くれ者を、まるで熟《じゅく》したまくわうりを切るように、ずぶずぶと切り屠《ほふ》っておしまいになりました。
 それ以来、だれもかれも命のご武勇をおほめ申して、お名まえを倭建命《やまとたけるのみこと》と申しあげるようになりました。
 命は、それから大和《やまと》へおひきかえしになる途中で、いろんな山の神や川の神や、穴戸《あなど》の神と称《とな》えて、方々の険阻《けんそ》なところにたてこもっている悪神《わるがみ》どもを、片《かた》はしからお従えになった後、出雲《いずも》の国へおまわりになって、そのあたりで幅《はば》をきかせている、出雲建《いずもたける》という悪者をお退治《たいじ》になりました。
 命《みこと》はまずその建《たける》の家へたずねておいでになって、その悪者とごこうさいをお結びになりました。そして、そのあとで、こっそりといちいという木を刀のようにお削《けず》りになり、それをりっぱな太刀《たち》のように飾《かざ》りをつけておつるしになって、建《たける》をさそい出して、二人で肥《ひ》の河《かわ》の水を浴びにいらっしゃいました。そして、いいかげんなころを見はからって、ご自分の方が先におあがりになり、ごじょうだんのように建《たける》の太刀をお身におつけになりながら、
「どうだ、二人でこの刀のとりかえっこをしようか」とおっしゃいました。建《たける》はあとからのそのそあがって来て、
「よろしい取りかえよう」と言いながら、うまくだまされて命のにせの刀をつるしました。命は、
「さあ、ひとつ二人で試合をしよう
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