へいらしって、ひと晩とまってお帰りになりました。媛はまもなく宮中におあがりになって、貴《とうと》い皇后におなりになりました。お二人の中には、日子八井命《ひこやいのみこと》、神八井耳命《かんやいみみのみこと》、神沼河耳命《かんぬかわみみのみこと》と申す三人の男のお子がお生まれになりました。
 天皇は、後におん年百三十七でおかくれになりました。おなきがらは畝火山《うねびやま》にお葬《ほうむ》り申しあげました。
 するとまもなく、さきに日向《ひゅうが》でお生まれになった多芸志耳命《たぎしみみのみこと》が、お腹《はら》ちがいの弟さまの日子八井命《ひこやいのみこと》たち三人をお殺し申して、自分ひとりがかってなことをしようとお企《くわだ》てになりました。
 お母上の皇后はそのはかりごとをお見ぬきになって、
「畝火山《うねびやま》に昼はただの雲らしく、静かに雲がかかっているけれど、夕方になれば荒《あ》れが来て、ひどい風が吹き出すらしい。木の葉がそのさきぶれのように、ざわざわさわいでいる」という意味の歌をお歌いになり、多芸志耳命《たぎしみみのみこと》が、いまに、おまえたちを殺しにかかるぞということを、それとなくおさとしになりました。
 三人のお子たちは、それを聞いてびっくりなさいまして、それでは、こっちから先に命《みこと》を殺してしまおうとご相談なさいました。
 そのときいちばん下の神沼河耳命《かんぬかわみみのみこと》は、中のおあにいさまの神八井耳命《かんやいみみのみこと》に向かって、
「では、あなた、命《みこと》のところへ押《お》しいって、お殺しなさい」とおっしゃいました。
 それで神八井耳命《かんやいみみのみこと》は刀《かたな》を持ってお出かけになりましたが、いざとなるとぶるぶるふるえ出して、どうしても手出しをなさることができませんでした。そこで弟さまの神沼河耳命《かんぬかわみみのみこと》がその刀をとってお進みになり、ひといきに命を殺しておしまいになりました。
 神八井耳命《かんやいみみのみこと》はあとで弟さまに向かって、
「私はあのかたきを殺せなかったけれど、そなたはみごとに殺してしまった。だから、私は兄だけれど、人のかみに立つことはできない。どうぞそなたが天皇の位について天下を治めてくれ、私は神々をまつる役目をひき受けて、そなたに奉公をしよう」とおっしゃいました。それで、弟
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