やがて大和《やまと》の吉野河《よしのがわ》の河口《かわぐち》へお着きになりました。そうするとそこにやなをかけて魚《さかな》をとっているものがおりました。
「おまえはだれだ」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で、名は贄持《にえもち》の子と申します」とお答え申しました。
それから、なお進んでおいでになりますと、今度はおしりにしっぽのついている人間が、井戸《いど》の中から出て来ました。そしてその井戸がぴかぴか光りました。
「おまえは何者か」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で井冰鹿《いひか》と申すものでございます」とお答えいたしました。
命《みこと》はそれらの者を、いちいちお供《とも》におつれになって、そこから山の中を分けていらっしゃいますと、またしっぽのある人にお会いになりました。この者は岩をおし分けて出て来たのでした。
「おまえはだれか」とお聞きになりますと、
「わたしはこの国の神で、名は石押分《いわおしわけ》の子と申します。ただいま、大空の神のご子孫がおいでになると承りまして、お供に加えていただきにあがりましたのでございます」と申しあげました。命は、そこから、いよいよ険《けわ》しい深い山を踏《ふ》み分けて、大和《やまと》の宇陀《うだ》というところへおでましになりました。
この宇陀には、兄宇迦斯《えうかし》、弟宇迦斯《おとうかし》というきょうだいの荒《あら》くれ者がおりました。命はその二人のところへ八咫烏《やたがらす》を使いにお出しになって、
「今、大空の神のご子孫がおこしになった。おまえたちはご奉公申しあげるか」とお聞かせになりました。
すると、兄の兄宇迦斯《えうかし》はいきなりかぶら矢を射《い》かけて、お使いのからすを追いかえしてしまいました。兄宇迦斯《えうかし》は命がおいでになるのを待ち受けて討《う》ってかかろうと思いまして、急いで兵たいを集めにかかりましたが、とうとう人数《にんずう》がそろわなかったものですから、いっそのこと、命をだまし討ちにしようと思いまして、うわべではご奉公申しあげますと言いこしらえて、命をお迎え申すために、大きな御殿《ごてん》をたてました。そして、その中に、つり天じょうをしかけて、待ち受けておりました。
すると弟の弟宇迦斯《おとうかし》が、こっそりと命《みこと》のところへ出て来まして、命を伏《ふ》し拝みながら、
前へ
次へ
全121ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング