もって、さっきのくまをさし向けた熊野の山の荒くれた悪神《わるがみ》どもは、ひとりでにばたばたと倒《たお》れて死にました。それといっしょに命の軍勢は、まわった毒から一度にさめて、むくむくと元気よく起きあがりました。
命はふしぎにおぼしめして、高倉下《たかくらじ》に向かって、この貴《とうと》い剣《つるぎ》のいわれをおたずねになりました。
高倉下《たかくらじ》は、うやうやしく、
「実はゆうべふと夢を見ましたのでございます。その夢の中で、天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》のお二方《ふたかた》が、建御雷神《たけみかずちのかみ》をおめしになりまして、葦原中国《あしはらのなかつくに》は、今しきりに乱《みだ》れ騒《さわ》いでいる。われわれの子孫たちはそれを平らげようとして、悪神《わるがみ》どもから苦しめられている。あの国は、いちばんはじめそちが従えて来た国だから、おまえもう一度くだって平らげてまいれとおっしゃいますと、建御雷神《たけみかずちのかみ》は、それならば、私がまいりませんでも、ここにこの前あすこを平らげてまいりましたときの太刀《たち》がございますから、この太刀をくだしましょう。それには、高倉下《たかくらじ》の倉《くら》のむねを突きやぶって落としましょうと、こうお答えになりました。
それからその建御雷神《たけみかずちのかみ》は、私に向かって、おまえの倉《くら》のむねを突きとおしてこの刀を落とすから、あすの朝すぐに、大空の神のご子孫にさしあげよとお教えくださいました。目がさめまして、倉へまいって見ますと、おおせのとおりに、ちゃんとただいまのその太刀《たち》がございましたので、急いでさしあげにまいりましたのでございます」
こう言って、わけをお話し申しました。
そのうちに、高皇産霊神《たかみむすびのかみ》は、雲の上から伊波礼毘古命《いわれひこのみこと》に向かって、
「大空の神のお子よ、ここから奥《おく》へはけっしてはいってはいけませんよ。この向こうには荒《あ》らくれた神たちがどっさりいます。今これから私が八咫烏《やたがらす》をさしくだすから、そのからすの飛んで行く方へついておいでなさい」とおさとしになりました。
まもなくおおせのとおり、そのからすがおりて来ました。命《みこと》はそのからすがつれて行くとおりに、あとについてお進みになりますと、
前へ
次へ
全121ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング