《やまと》の鳥見《とみ》というところの長髄彦《ながすねひこ》という者が、兵をひきつれて待ちかまえておりました。命は、いざ船からおおりになろうとしますと、かれらが急にどっと矢を射《い》向けて来ましたので、お船の中から盾《たて》を取り出して、ひゅうひゅう飛んで来る矢の中をくぐりながらご上陸なさいました。そしてすぐにどんどん戦《いくさ》をなさいました。
そのうちに五瀬命《いつせのみこと》が、長髄彦《ながすねひこ》の鋭い矢のために大きずをお受けになりました。命《みこと》はその傷をおおさえになりながら、
「おれたちは日の神の子孫でありながら、お日さまの方に向かって攻めかかったのがまちがいである。だからかれらの矢にあたったのだ。これから東の方へ遠まわりをして、お日さまを背なかに受けて戦おう」とおっしゃって、みんなをめし集めて、弟さまの命といっしょにもう一度お船におめしになり、大急ぎで海のまん中へお出ましになりました。
その途中で、命はお手についた傷の血をお洗いになりました。
しかしそこから南の方へまわって、紀伊国《きいのくに》の男《お》の水門《みなと》までおいでになりますと、お傷の痛《いた》みがいよいよ激しくなりました。命は、
「ああ、くやしい。かれらから負わされた手傷で死ぬるのか」と残念そうなお声でお叫びになりながら、とうとうそれなりおかくれになりました。
二
神倭伊波礼毘古命《かんやまといわれひこのみこと》は、そこからぐるりとおまわりになり、同じ紀伊《きい》の熊野《くまの》という村にお着きになりました。するとふいに大きな大ぐまが現われて、あっというまにまたすぐ消えさってしまいました。ところが、命《みこと》もお供の軍勢もこの大ぐまの毒気にあたって、たちまちぐらぐらと目がくらみ、一人のこらず、その場に気絶してしまいました。
そうすると、そこへ熊野《くまの》の高倉下《たかくらじ》という者が、一ふりの太刀《たち》を持って出て来まして、伏《ふ》し倒《たお》れておいでになる伊波礼毘古命《いわれひこのみこと》に、その太刀をさしだしました。命はそれといっしょに、ふと正気《しょうき》におかえりになって、
「おや、おれはずいぶん長寝《ながね》をしたね」とおっしゃりながら、高倉下《たかくらじ》がささげた太刀《たち》をお受けとりになりますと、その太刀に備わっている威光で
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