なると、あわてて十拳《とつか》の剣《つるぎ》を抜きはなして、それでもってうしろをぐんぐん切りまわしながら、それこそいっしょうけんめいにお遁げになりました。そして、ようよう、この世界と黄泉《よみ》の国との境《さかい》になっている、黄泉比良坂《よもつひらざか》という坂の下まで遁げのびていらっしゃいました。

       三

 すると、その坂の下には、ももの木が一本ありました。
 神はそのももの実を三つ取って、鬼どもが近づいて来るのを待ち受けていらしって、その三つのももを力いっぱいお投げつけになりました。そうすると、雷神たちはびっくりして、みんなちりぢりばらばらに遁《に》げてしまいました。
 神はそのももに向かって、
「おまえは、これから先も、日本じゅうの者がだれでも苦しい目に会っているときには、今わしを助けてくれたとおりに、みんな助けてやってくれ」とおっしゃって、わざわざ大神実命《おおかんつみのみこと》というお名まえをおやりになりました。
 そこへ、女神は、とうとうじれったくおぼしめして、こんどはご自分で追っかけていらっしゃいました。神はそれをご覧になると、急いでそこにあった大きな大岩をひっかかえていらしって、それを押《お》しつけて、坂の口をふさいでおしまいになりました。
 女神は、その岩にさえぎられて、それより先へは一足も踏《ふ》み出すことができないものですから、恨《うら》めしそうに岩をにらみつけながら、
「わが夫の神よ、それではこのしかえしに、日本じゅうの人を一日に千人ずつ絞《し》め殺してゆきますから、そう思っていらっしゃいまし」とおっしゃいました。神は、
「わが妻の神よ、おまえがそんなひどいことをするなら、わしは日本じゅうに一日に千五百人の子供を生ませるから、いっこうかまわない」とおっしゃって、そのまま、どんどんこちらへお帰りになりました。
 神は、
「ああ、きたないところへ行った。急いでからだを洗ってけがれを払《はら》おう」とおっしゃって、日向《ひゅうが》の国の阿波岐原《あわきはら》というところへお出かけになりました。
 そこにはきれいな川が流れていました。
 神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣《うわぎ》や、お冠《かんむり》や、右左のお腕《うで》にはまった腕輪《うでわ》などを、すっかりお取りはずしになりました。そうする
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