てたちまち水をおひかせになりました。そんなわけで、おあにいさまも、しまいには弟さまの命にはとてもかなわないとお思いになり、とうとう頭をさげて、
「どうかこれまでのことは許しておくれ。私はこれからしょうがい、夜昼おまえのうちの番をして、おまえに奉公するから」と、かたくお誓《ちか》いになりました。
 ですから、このおあにいさまの命のご子孫は、後の代《よ》まで、命が水におぼれかけてお苦しみになったときの身振《みぶ》りをまねた、さまざまなおかしな踊《おど》りを踊るのが、代々きまりになっておりました。

       三

 そのうちに、火遠理命《ほおりのみこと》が海のお宮へ残しておかえりになった、お嫁《よめ》さまの豊玉媛《とよたまひめ》が、ある日ふいに海の中から出ていらしって、
「私はかねて身重《みおも》になっておりましたが、もうお産をいたしますときがまいりました。しかし大空の神さまのお子さまを海の中へお生み申してはおそれ多いと存じまして、はるばるこちらまで出てまいりました」とおっしゃいました。
 それで命《みこと》は急いで、うぶやという、お産をするおうちを、海ばたへおたてになりました。その屋根はかやの代わりに、うの羽根を集めておふかせになりました。
 するとその屋根がまだできあがらないうちに、豊玉媛は、もう産けがおつきになって、急いでそのうちへおはいりになりました。
 そのとき媛《ひめ》は命に向かって、
「すべての人がお産をいたしますには、みんな自分の国のならわしがありまして、それぞれへんなかっこうをして生みますものでございます。それですから、どうぞ私がお産をいたしますところも、けっしてご覧《らん》にならないでくださいましな」と、かたくお願いしておきました。命は媛《ひめ》がわざわざそんなことをおっしゃるので、かえって変だとおぼしめして、あとでそっと行ってのぞいてご覧になりました。
 そうすると、たった今まで美しい女であった豊玉媛が、いつのまにか八ひろもあるような恐ろしい大わにになって、うんうんうなりながらはいまわっていました。命はびっくりして、どんどん逃《に》げ出しておしまいになりました。
 豊玉媛はそれを感づいて、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないものですから、お子さまをお生み申すと、命に向かって、
「私はこれから、しじゅう海を往来して、お目にかかりにまいりますつもりで
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