建御雷神《たけみかずちのかみ》はそれでひとまず安心して、大空へ帰りのぼりました。そして天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》に、すっかりこのことを、くわしく奏上《そうじょう》いたしました。
[#改頁]


 笠沙《かささ》のお宮

       一

 天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》とは、あれほど乱《みだ》れさわいでいた下界を、建御雷神《たけみかずちのかみ》たちが、ちゃんとこちらのものにして帰りましたので、さっそく天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》をお召《め》しになって、
「葦原《あしはら》の中つ国はもはやすっかり平《たい》らいだ。おまえはこれからすぐにくだって、さいしょ申しつけたように、あの国を治めてゆけ」とおっしゃいました。
 命《みこと》はおおせに従って、すぐに出発の用意におとりかかりになりました。するとちょうどそのときに、お妃《きさき》の秋津師毘売命《あきつしひめのみこと》が男のお子さまをお生みになりました。
 忍穂耳命《おしほみみのみこと》は大神のご前《ぜん》へおいでになって、
「私たち二人に、世嗣《よつぎ》の子供が生まれました。名前は日子番能邇邇芸命《ひこほのににぎのみこと》とつけました。中つ国へくだしますには、この子がいちばんよいかと存じます」とおっしゃいました。
 それで大神は、そのお孫さまの命《みこと》が大きくおなりになりますと、改めておそばへ召して、
「下界に見えるあの中つ国は、おまえの治める国であるぞ」とおっしゃいました。命は、かしこまって、
「それでは、これからすぐにくだってまいります」とおっしゃって、急いでそのお手はずをなさいました。そしてまもなく、いよいよお立ちになろうとなさいますと、ちょうど、大空のお通り道のある四つじに、だれだか一人の神が立ちはだかって、まぶしい光をきらきらと放ちながら、上は高天原《たかまのはら》までもあかあかと照らし、下は中つ国までいちめんに照り輝《かがや》かせておりました。
 天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》とはそれをご覧になりますと、急いで天宇受女命《あめのうずめのみこと》をお呼びになって、
「そちは女でこそあれ、どんな荒《あら》くれた神に向かいあっても、びくともしない神だから、だれをもおいておまえを遣《つかわ》す
前へ 次へ
全121ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング