神は、父の神に向かって、
「まことにもったいないおおせです。お言葉《ことば》のとおり、この国は大空の神さまのお子さまにおあげなさいまし」と言いながら、自分の乗って帰った船を踏《ふ》み傾《かたむ》けて、おまじないの手打ちをしますと、その船はたちまち、青いいけがきに変わってしまいました。事代主神はそのいけがきの中へ急いでからだをかくしてしまいました。
建御雷神《たけみかずちのかみ》は大国主神に向かって、
「ただ今事代主神はあのとおりに申したが、このほかには、もうちがった意見を持っている子はいないか」とたずねました。
大国主神は、
「私の子は事代主神のほかに、もう一人、建御名方神《たけみなかたのかみ》というものがおります。もうそれきりでございます」とお答えになりました。
そうしているところへ、ちょうどこの建御名方神《たけみなかたのかみ》が、千人もかからねば動かせないような大きな大きな大岩を両手でさしあげて出て来まして、
「やい、おれの国へ来て、そんなひそひそ話をしているのはだれだ。さあ来い、力くらべをしよう。まずおれがおまえの手をつかんでみよう」と言いながら、大岩を投げだしてそばへ来て、いきなり建御雷神《たけみかずちのかみ》の手をひっつかみますと、御雷神《みかずちのかみ》の手は、たちまち氷の柱になってしまいました。御名方神《みなかたのかみ》がおやとおどろいているまに、その手はまたひょいと剣《つるぎ》の刃《は》になってしまいました。
御名方神はすっかりこわくなっておずおずとしりごみをしかけますと、御雷神《みかずちのかみ》は、
「さあ、こんどはおれの番だ」と言いながら、御名方神の手くびをぐいとひっつかむが早いか、まるではえたてのあしをでも扱うように、たちまち一|握《にぎ》りに握りつぶして、ちぎれ取れた手先を、ぽうんと向こうへ投げつけました。
御名方神は、まっさおになって、いっしょうけんめいに逃《に》げだしました。御雷神《みかずちのかみ》は、
「こら待て」と言いながら、どこまでもどんどんどんどん追っかけて行きました。そしてとうとう信濃《しなの》の諏訪湖《すわこ》のそばで追いつめて、いきなり、一ひねりにひねり殺そうとしますと、建御名方神《たけみなかたのかみ》はぶるぶるふるえながら、
「もういよいよおそれいりました。どうぞ命ばかりはお助けくださいまし。私はこれなりこの信濃
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