兄のほうがさきに舞いました。弟はそのあとに舞い出そうとするときに、まず大声でつぎのような歌を歌って自分たちきょうだいの身の上をうちあけました。
「男らしい大きな男が、太刀《たち》のつかに赤い飾《かざ》りをつけ、太刀のおには赤いきれをつけて、いかにも人目を引く姿《すがた》をしていても、深くおい茂《しげ》ったたけやぶの後ろにはいれば、隠《かく》れて目にも見えない」と、こう歌いだして、たけやぶという言葉《ことば》を引き出した後、
「そんなたけやぶの大きなたけを割って、それを並《なら》べてこしらえた、八絃琴《はちげんきん》は、それはそれは調子がよく整《ととの》って申し分がない。今から五|代《だい》前《まえ》の履仲天皇《りちゅうてんのう》は、ちょうどその琴《こと》のしらべと同じように、どこまでもりっぱに天下をお治めになったお方である。その皇子《おうじ》に忍歯王《おしはのみこ》とおっしゃる方がいらしった。みんなの人々よ、われわれ二人は、その忍歯王《おしはのみこ》の子であるぞ」と歌いました。
 小楯《おだて》はそれを聞くとびっくりして、床《ゆか》からころがり落ちてしまいました。そして大あわてにあわてて、さっそくみんなを残らず追い出したうえ、意外なところでお見出し申した、意富祁《おおけ》、袁祁《おけ》のお二人を左右のおひざにお抱《かか》え申しながら、お二人の今日《こんにち》までのご辛苦《しんく》をお察し申しあげて、ほろほろと涙《なみだ》を流して泣《な》きました。
 小楯《おだて》はそれから急いでみんなを集めて、仮のお宮をつくり、お二人をその中にお移し申しました。そして、すぐに大和《やまと》へ早うまの使いを立てて、おんおば上の飯豊王《いいとよのみこ》にご注進《ちゅうしん》申しあげました。飯豊王《いいとよのみこ》はそれをお聞きになると、大喜びにお喜びになり、すぐにお二人をお呼《よ》びのぼせになりました。

       二

 お二人は、角刺《つのさし》のお宮でだんだんにご成人《せいじん》になりました。
 あるとき袁祁王《おけのみこ》は、歌がきといって、男や女がおおぜいいっしょに集まって、歌を歌いかわす催《もよお》しへおでかけになりました。
 そのとき菟田首《うたのおびと》という人の娘《むすめ》で、王《みこ》がかねがねお嫁《よめ》にもらおうと思っておいでになる、大魚《おうお》という美し
前へ 次へ
全121ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング