みました。采女《うねめ》はそれとも気がつかないで、なおどんどんおつぎ申しました。天皇はふと、その木の葉をご覧《らん》になりますと、たちまちむッとお怒《いか》りになって、いきなり采女《うねめ》をつかみ伏《ふ》せておしまいになり、お刀をおぬきになって、首を切ろうとなさいました。采女《うねめ》は、
「あッ」と怖《おそ》れちぢかんで、
「どうぞ命《いのち》だけはお許しくださいまし。申しあげたいことがございます」と言いながら、つぎのような意味の、長い歌を歌いました。
「このお宮は、朝日も夕日もよくさし入る、はればれとしたよいお宮である。堅《かた》い地伏《ぢふく》の上に立てられた、がっしりした大きなお宮である。お宮のそとには大きなけやきの木がそびえたっている。その大木《たいぼく》の上の枝《えだ》は天をおおっている。中ほどの枝は東の国においかぶさり、下の枝はそのあとの地方をすっかりおおっている。上の枝のこずえの葉は、落ちて中の枝にかかり、中の枝の落ちた葉は下の枝にふりかかる。下の枝の葉は采女《うねめ》が捧《ささ》げたおさかずきの中へ落ち浮《う》かんだ。
それを見ると、大昔《おおむかし》、天地がはじめてできたときに、この世界が浮き油のように浮かんでいたときのありさまが思い出される。また、神さまが、大海《たいかい》のまん中へこの日本の島を作りお浮かべになった、そのときのありさまにもよく似《に》ている。ほんとは尊《とうと》くもめでたいことである。これはきっと、後の世までも話し伝えるに相違《そうい》ない」
采女《うねめ》はこう言って、昔《むかし》からの言い伝えを引いておもしろく歌いあげました。天皇はこの歌に免《めん》じて、采女《うねめ》の罪を許しておやりになりました。すると皇后もたいそうお喜びになって、
「この大和《やまと》の高市郡《たかいちごおり》の高いところに、大きく茂《しげ》った広葉《ひろは》のつばきが咲《さ》いている。今、天皇は、そのつばきの葉と同じように、大きなお寛《ひろ》い、そして、その花と同じように美しくおやさしいお心で、采女《うねめ》をお許しくだすった。さあ、この貴《とうと》い天皇にお酒をおつぎ申しあげよ。このありがたいお情けは、みんなが後の世まで永《なが》く語り伝えるであろう」と、こういう意味のお歌をお歌いになりました。
それについで天皇も楽しくお歌をお歌いにな
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