そのとき天皇は、山の上から四方の村々をお見わたしになりますと、向こうの方に、一|軒《けん》、むねにかつお木をとりつけているうちがありました。かつお木というのは、天皇のお宮か、神さまのお社《やしろ》かでなければつけないはずの、かつおのような形をした、むねの飾《かざ》りです。
天皇はそれをご覧《らん》になって、
「あの家はだれの家か」とおたずねになりました。
「あれは志幾《しき》の大県主《おおあがたぬし》のうちでございます」と、お供の者がお答え申しました。天皇は、
「無礼なやつめ。おのれが家をわしのお宮に似《に》せて作っている」とお怒《いか》りになり、
「行ってあの家を焼きはらって来い」とおっしゃって、すぐに人をおつかわしになりました。
すると大県主《おおあがたぬし》はすっかりおそれいってしまいました。
「実は、おろかな私どものことでございますので、ついなんにも存じませんで、うっかりこしらえましたものでございます」と言って、縮《ちぢ》みあがってお申しわけをしました。そして、そのおわびの印《しるし》に、一ぴきの白いぬにぬのを着せ、鈴《すず》の飾《かざ》りをつけて、それを身内《みうち》の者の一人の、腰佩《こしはき》という者に綱《つな》で引かせて、天皇に献上《けんじょう》いたしました。
それで天皇も、そのうちをお焼きはらいになることだけは許しておやりになり、そのまま若日下王《わかくさかのみこ》のおうちへお着きになりました。
天皇はお供《とも》の者をもって、
「これはただいま途中で手に入れたいぬだ。珍《めずら》しいものだから進物《しんもつ》にする」とおっしゃって、さっきの白いぬを若日下王《わかくさかのみこ》におくだしになりました。しかし王《みこ》は、
「きょう天皇は、お日さまをお背中《せなか》になすっておこしになりました。これではお日さまに対しておそれおおうございますので、きょうはお目にかかりません。そのうち、私のほうからすぐにまかり出まして、お宮へお仕え申しあげます」
こう言って、おことわりをなさいました。
天皇はお帰りのお途中、山の上にお立ちになって、若日下王《わかくさかのみこ》のことをお慕《した》いになるお歌をおよみになり、それを王《みこ》へお送りになりました。王《みこ》はそれからまもなくお宮へおあがりになりました。
二
天皇はあるとき、
前へ
次へ
全121ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング