死んでしまいました。

       三

 このさわぎが片《かた》づくとまもなく、ある日、大長谷皇子《おおはつせのおうじ》のところへ、近江《おうみ》の韓袋《からぶくろ》という者が、そちらの蚊屋野《かやの》というところに、ししやしかがひじょうにたくさんおりますと申し出ました。
「そのどっさりおりますことと申しますと、群がり集まった足はちょうどすすきの原のすすきのようでございますし、群がった角《つの》は、ちょうど枯木《かれき》の林のようでございます」と韓袋《からぶくろ》は申しあげました。
 皇子《おうじ》は、ようし、とおっしゃって、履仲天皇《りちゅうてんのう》の皇子で、ちょうどおいとこにおあたりになる、忍歯王《おしはのみこ》とおっしゃるお方とお二人で、すぐに近江《おうみ》へおくだりになりました。お二人は蚊屋野《かやの》にお着きになりますと、ごめいめいに別々の仮屋《かりや》をお立てになって、その中へおとまりになりました。
 そのあくる朝、忍歯王《おしはのみこ》は、まだ日も上らないうちにお目ざめになりました。それでまったくなんのお気もなく、すぐにおうまにめして、大長谷皇子《おおはつせのおうじ》のお仮屋へ出かけておいでになりました。こちらでは、皇子《おうじ》はまだよくおよっていらっしゃいました。王《みこ》は、皇子のおつきの者に向かって、
「まだお目ざめでないようだね。もう夜《よ》も明けたのだから、早くお出かけになるように申しあげよ」とおっしゃって、そのままおうまをすすめて、りょう場へお出かけになりました。
 皇子のおつきの者は、皇子に向かって、
「ただ今|忍歯王《おしはのみこ》がおいでになりまして、これこれとおっしゃいました。なんだかおっしゃることが変ではございませんか。けっしてごゆだんをなさいますな。お身|固《かた》めも十分になすってお出かけなさいますように」と悪く疑《うたが》ってこう申しあげました。それで皇子も、わざわざお召物《めしもの》の下へよろいをお着こみになりました。そして弓矢《ゆみや》を取っておうまを召《め》すなり、大急ぎで王《みこ》のあとを追ってお出かけになりました。
 皇子はまもなく王に追いついて、お二人でうまを並《なら》べてお進みになりました。そのうちに皇子はすきまをねらって、さっと矢をおつがえになり、罪もない忍歯王《おしはのみこ》を、だしぬけに射《い》落
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