》出《だ》しました。
 大長谷皇子《おおはつせのおうじ》は、その前から、この都夫良《つぶら》の娘《むすめ》の訶良媛《からひめ》という人をお嫁《よめ》におもらいになることにしていらっしゃいました。皇子《おうじ》は今どんどん射《い》向ける矢の中に、矛《ほこ》を突《つ》いてお突ッ立ちになりながら、
「都夫良《つぶら》よ、訶良媛《からひめ》はこのうちにいるか」と大声でおどなりになりました。
 都夫良《つぶら》はそれを聞くと、急いで武器を投げすてて、皇子《おうじ》の御前《ごぜん》へ出て来ました。そして八度《やたび》伏《ふ》し拝《おが》んで申しあげました。
「娘《むすめ》の訶良媛《からひめ》はお約束のとおり必《かなら》ずあなたにさしあげます。また五か村《そん》の私の領地も、娘に添《そ》えて献上《けんじょう》いたします。ただどうぞ、今しばらくお待ちくださいまし。私がただ今すぐに娘をさしあげかねますわけは、昔《むかし》から臣下の者が皇子さま方のお宮へ逃《に》げかくれたことは聞いておりますが、貴《とうと》い皇子さまがしもじもの者のところへお逃《のが》れになったためしはかつて聞きません。私はいかに力いっぱい戦いましても、あなたにお勝ち申すことができないのは十分わきまえております。しかし、目弱王《まよわのみこ》は、私ごとき者をも頼《たよ》りにしてくださって、いやしい私のうちへおはいりくださっているのでございますから、私といたしましては、たとえ死んでもお見捨《みす》て申すことはできません。娘はどうぞ私が討《う》ち死《じ》にをいたしましたあとで、おめしつれくださいまし」
 こう申しあげて御前をさがり、再び戦《いくさ》道具を取って邸《やしき》にはいって、いっしょうけんめいに戦《いくさ》をいたしました。
 そのうちに都夫良《つぶら》はとうとうひどい手傷《てきず》を負いました。みんなも矢だねがすっかり尽《つ》きてしまいました。それで都夫良《つぶら》は目弱王《まよわのみこ》に向かって、
「私もこのとおりで、もはや戦《いくさ》を続けることができません。いかがいたしましょう」と申しあげました。
 お小さな目弱王《まよわのみこ》は、
「それではもうしかたがない。早く私《わたし》を殺してくれ」とおっしゃいました。都夫良《つぶら》はおおせに従ってすぐに王《みこ》をお刺《さ》し申した上、その刀で自分の首を切って
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