まして、そこから、はるかに難波《なにわ》の方をふりかえってご覧《らん》になりますと、お宮の火はまだ炎々《えんえん》とまっかに燃え立っておりました。天皇は、
「ああ、あんなに多くの家が燃えている。わが妃《きさき》のいるお宮も、あの中に焼けているのか」という意味をお歌いになりました。
 それから同じ河内《かわち》の大坂《おおさか》という山の下へおつきになりますと、向こうから一人の女が通りかかりました。その女に道をおたずねになりますと、女は、
「この山の上には、戦道具《いくさどうぐ》を持った人たちがおおぜいで道をふさいでおります。大和《やまと》の方へおいでになりますのなら、当麻道《たじまじ》からおまわりになりましたほうがよろしゅうございましょう」と申しあげました。
 天皇はその女の言うとおりになすって、ご無事に大和《やまと》へおはいりになり、石上《いそのかみ》の神宮《じんぐう》へお着きになって、仮にそこへおとどまりになりました。
 すると二ばんめの弟さまの水歯別王《みずはわけのみこ》が、その神宮へおうかがいになって、天皇におめみえをしようとなさいました。天皇はおそばの者をもって、
「そちもきっと中津王《なかつのみこ》と腹《はら》を合わせているのであろう。目どおりは許されない」とおおせになりました。王《みこ》は、
「いえいえ私はそんなまちがった心は持っておりません。けっして中津王《なかつのみこ》なぞと同腹《どうふく》ではございません」とお言いになりました。天皇は、
「それならば、これから難波《なにわ》へかえって、中津王《なかつのみこ》を討《う》ちとってまいれ。その上で対面しよう」とおっしゃいました。

       二

 水歯別王《みずはわけのみこ》は、大急ぎでこちらへおかえりになりました。そして中津王《なかつのみこ》のおそばに仕えている、曾婆加里《そばかり》というつわものをお召《め》しになって、
「もしそちがわしの言うことを聞いてくれるなら、わしはまもなく天皇になって、そちを大臣にひきあげてやる。どうだ、そうして二人で天下を治めようではないか」とじょうずにおだましかけになりました。すると曾婆加里《そばかり》は大喜びで、
「あなたのおおせなら、どんなことでもいたします」
 と申しあげました。皇子《おうじ》はその曾婆加里《そばかり》にさまざまのお品物をおくだしになったうえ、
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