になるためにおでかけになりましたのでございます。そのほかにはけっしてなんのわけもおありにはなりません。その虫と申しますのは、はじめははう虫でいますのが、つぎには卵《たまご》になり、またそのつぎには飛ぶ虫になりまして、順々に三度|姿《すがた》をかえる、きたいな虫だそうでございます」と、口子《くちこ》は子供でも心得ているかいこのことを、わざと珍《めずら》しそうに、じょうずにこう申しあげました。
すると天皇は、
「そうか、そんなおもしろい虫がいるなら、わしも見に行こう」とおっしゃって、すぐにお宮をお出ましになり、奴里能美《ぬりのみ》のおうちへ行幸《ぎょうこう》になりました。
奴里能美《ぬりのみ》は、口子《くちこ》が申しあげたとおりの三《み》とおりの虫を、前もって皇后に献上《けんじょう》しておきました。
天皇は皇后のおへやの戸の前にお立ちになって、
「そなたがいつまでも怒《おこ》ったりしているので、とうとうみんながここまで出て来なければならなくなった。もうたいていにしてお帰りなさい」とお歌いになり、まもなくおともどもに難波《なにわ》のお宮へご還幸《かんこう》になりました。
天皇はそれといっしょに、八田若郎女《やたのわかいらつめ》においとまをおつかわしになりました。しかしそのかわりには、郎女《いらつめ》の名まえをいつまでも伝え残すために、八田部《やたべ》という部族をおこしらえになりました。
四
それからあるとき天皇は、女鳥王《めとりのみこ》という、あるお血筋《ちすじ》の近い方を宮中《きゅうちゅう》にお召《め》しかかえになろうとして、弟さまの速総別王《はやぶさわけのみこ》をお使いにお立てになりました。
王《みこ》はさっそくいらしって、そのおぼしめしをお伝えになりますと、女鳥王《めとりのみこ》はかぶりをふって、
「いえいえ私は宮中《きゅうちゅう》へはお仕え申したくございません。皇后さまがあんなにごしっと深くいらっしゃるので、八田若郎女《やたのわかいらつめ》だってご奉公ができないでさがってしまいましたではございませんか。それよりもこんな私でございますが、どうぞあなたのお嫁《よめ》にしてくださいまし」とお頼《たの》みになりました。
それで王《みこ》はその女鳥王《めとりのみこ》をお嫁になさいました。そして天皇に対しては、いつまでもご返事を申しあげないまま
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