でいらっしゃいました。
 すると天皇は、しまいにご自分で女鳥王《めとりのみこ》のおうちへお出かけになり、戸口のしきいの上にお立ちになってのぞいてご覧になりますと、王《みこ》はちょうど中でお機《はた》を織っていらっしゃいました。
 天皇は、
「それはだれの着物を織っているのか」とお歌に歌ってお聞きになりました。すると女鳥王《めとりのみこ》もやはりお歌で、
「これは速総別王《はやぶさわけのみこ》にお着せ申しますのでございます」とお答えになりました。
 天皇はそれをお聞きになって、二人のことをすっかりおさとりになり、そのままお宮へおかえりになりました。
 女鳥王《めとりのみこ》はそのあとで、まもなく速総別王《はやぶさわけのみこ》が出ていらっしゃいますと、
「もし。あなたさまよ。ひばりでさえもどんどん大空へかけのぼるではございませんか。あなたはお名まえもたかの中のはやぶさと同じでいらっしゃるのに、さあ早くささぎをとり殺しておしまいなさい」とこういう意味をお歌いになりました。それはいうまでもなく、天皇のお名が大雀命《おおささぎのみこと》なので、それをささぎにかよわせて、一ときも早く天皇をお殺し申してご自分でお位におつきになるようにと、怖《おそ》ろしい入れぢえをなすったのでした。
 そうすると、そのお歌のことが、いつのまにか天皇のお耳にはいりました。天皇はすぐに兵をあつめて速総別王《はやぶさわけのみこ》を殺しにおつかわしになりました。
 速総別王《はやぶさわけのみこ》はそれと感づくと、びっくりして、女鳥王《めとりのみこ》といっしょにすばやく大和《やまと》へ逃げ出しておしまいになりました。そのお途中、倉橋山《くらはしやま》という険《けわ》しい山をお越《こ》えになるときに、かよわい女鳥王《めとりのみこ》はたいそうご難渋《なんじゅう》をなすって、夫の王《みこ》のお手にすがりすがりして、やっと上までお上りになりました。
 お二人はそこからさらに同じ大和《やまと》の曾爾《そに》というところまでいらっしゃいますと、天皇の兵がそこまで追いついて、お二人を刺《さ》し殺してしまいました。
 そのとき軍勢を率《ひき》いて来たのは山辺大楯連《やまべのおおだてのむらじ》というつわものでした。連《むらじ》は女鳥王《めとりのみこ》のお死がいのお手首に、りっぱなお腕飾《うでかざ》りがついているのを見て、さっ
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