赤い玉

       一

 神功皇后《じんぐうこうごう》のお母方《ははかた》のご先祖については、こういうお話が伝わっています。
 それは、この時分からも、もっともっと昔《むかし》、新羅《しらぎ》の国の阿具沼《あぐぬま》という沼《ぬま》のほとりで、ある日一人の女が昼寝《ひるね》をしておりました。すると、ふしぎなことには、日の光がにじのようになって、さっと、その女のお腹《なか》へ射《さ》しました。
 それをちょうど通りかかった一人の農夫が見て、へんなこともあるものだと思いながら、それからは、いつもその女のそぶりに目をつけていますと、女はまもなくお腹が大きくなって、一つの赤い玉を生み落としました。農夫はその玉を女からもらって、物につつんで、いつも腰《こし》につけていました。
 この農夫は谷間《たにま》に田を作っておりました。ある日農夫は、その田で働いている人たちのたべ物を、うしに負わせて運んで行きますと、その谷間で、天日矛《あめのひほこ》という、この国の王子に出会いました。
 王子は農夫がへんなところへうしを引いて行くのを見て、
「これこれ、そちはどうしてそのうしへたべ物などを乗せてこんなところへはいって来たのだ。きっと人に隠《かく》れてそのうしも殺して食おうというのであろう」と言いながら、いきなり農夫をつかまえてろうやへつれて行こうとしました。農夫は、
「いえいえ私はけっしてこのうしを殺そうなどとするのではございません。ただこうして百姓《ひゃくしょう》たちのたべ物を運んでまいりますだけでございます」と、ほんとうのままを話しました。それでも王子は、
「いやいや、うそだ」と言って、なかなかゆるしてくれないので、農夫は腰《こし》につけている例の赤い玉を出して、それを王子にあげて、やっとのことで放してもらいました。
 王子はその玉をおうちへ持って帰って、床《とこ》の間に置いておきました。すると赤い玉が、ふいに一人の美しい娘になりました。王子はその娘を自分のお嫁《よめ》にもらいました。
 そのお嫁は、いつもいろいろの珍《めずら》しいお料理をこしらえて、王子に食べさせていましたが、王子はだんだんにわがままを出して、しまいにはお嫁をひどくののしりとばすようになりました。
 するとお嫁のほうではとうとうたまりかねて、
「私《わたし》はもうこれぎり親たちの国へ帰ってしまいます。
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