とをしに、近江《おうみ》や若狹《わかさ》をまわって、越前《えちぜん》の鹿角《つぬが》というところに仮のお宮を作り、しばらくの間そこに滞在《たいざい》しておりました。
 するとその土地に祀《まつ》られておいでになる伊奢沙和気大神《いささわけのおおかみ》という神さまが、あるばん宿禰《すくね》の夢に現われていらしって、
「わしの名を、お小さい天皇のお名と取りかえてくれぬか」とおっしゃいました。
 宿禰《すくね》は、
「それはもったいないおおせでございます。どうもありがとう存じます」とお答え申しました。大神《おおかみ》は、「それでは、明日《あす》お供をして海ばたへ来るがよい。名を取りかえてくださったお礼を上げようから」とおっしゃいました。
 それであくる朝早く、天皇をおつれ申して海岸へ出て見ますと、みんな鼻の先に傷《きず》をうけた、それはそれはたいそうな海豚《いるか》が、浜じゅうへいっぱいうち上げられておりました。
 宿禰《すくね》はさっそくお社《やしろ》へお使いをたてて、
「食べ料のお魚《さかな》をどっさりありがとう存じます」とお礼を申しあげました。
 天皇はそれから大和《やまと》へおかえりになりました。
 お待ち受けになっていたお母上の皇后は、それはそれは大喜びをなすって、さっそくご用意のお酒を出させて、お祝いのおさかもりをなさいました。
 皇后は、

  このお酒は、私《わたし》がかもした酒ではない。
  薬の神の少名彦名神《すくなひこなのかみ》があなたのご運をお祝いして、
  喜びさわいでつくってくだされたお酒だから、
  のこさず、すっかりめし上がってください。
  さあさあどうぞ。

という意味をお歌いになりました。
 宿禰《すくね》は天皇に代わって、

  このお酒をつくった人は、
  鼓《つづみ》を臼《うす》の上に立てて、
  歌いながら、舞《ま》いながら、
  喜び喜びつくったせいでございますか、
  それはそれはたいそうよいお酒で、
  いただきますとひとりでに歌いたく、
  舞いたくなってまいります。
  ああ楽しや。

とお答えの歌を歌いながら、ともどもお喜び申しました。
 後の世の人は、この母上の皇后の、いろんな雄々《おお》しい大きなお手柄《てがら》をおほめ申しあげて、お名まえを特に神功皇后《じんぐうこうごう》とおよび申しております。
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