の兵をひきまとめるといっしょに、向こうの軍勢に向かって、
「実は皇后が急におなくなりになったので、われわれはもう戦《いくさ》をする気はない」と申し入れながら、その目の前で全軍《ぜんぐん》の兵士《へいし》たちに弓《ゆみ》の弦《つる》をことごとく断《た》ち切《き》らせて、さもほんとうのように、伊佐比宿禰《いさひのすくね》に降参《こうさん》をしました。
すると伊佐比宿禰《いさひのすくね》はそれですっかり気をゆるして、自分のほうもひとまずみんなに弓の弦《つる》をはずさせ、いっさいの戦《いくさ》道具をも片《かた》づけさせてしまいました。
建振熊命《たけふるくまのみこと》はそれを見すまして、
「それッ」と合い図をしますと、部下の兵たちは、髪《かみ》の中に隠《かく》していた、かけがえの弦を取り出して瞬《またた》くまに弓を張って、
「うわッ」と、哄《とき》を上げて攻めかかりました。
敵はまんまと不意を討《う》たれて、総くずれになってにげ出しました。建振熊命《たけふるくまのみこと》は勝に乗じてどんどんと追いまくって行きました。
すると敵勢《てきぜい》は近江《おうみ》の逢坂《おうさか》というところまでにげのびて、そこでいったん踏《ふ》み止《とど》まって戦いましたが、また攻めくずされて、ちりぢりににげて行きました。
建振熊命《たけふるくまのみこと》は、とうとうそれを同じ近江《おうみ》の篠波《ささなみ》というところで追いつめて、敵の兵たいという兵たいを一人ものこさず斬《き》り殺してしまいました。
そのとき忍熊王《おしくまのみこ》と伊佐比宿禰《いさひのすくね》とは、危《あやう》く船に飛び乗って、湖水の中へにげ出しました。
しかしぐずぐずしていると今につかまってしまうのが目に見えていましたので、皇子《おうじ》は宿禰《すくね》に向かって、
さあ、おまえ、
振熊《ふるくま》に殺されるよりも、
鳰鳥《かいつぶり》のように、
この湖水にもぐってしまおうよ。
とお歌いになり、二人でざんぶと飛び込《こ》んで、それなり溺《おぼ》れ死にに死んでおしまいになりました。
四
皇后はそれでいよいよめでたく大和《やまと》へおかえりになりました。
しかし武内宿禰《たけのうちのすくね》だけは、お小さな天皇をおつれ申して、穢《けが》れ払《はら》いの禊《みそぎ》というこ
前へ
次へ
全121ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング