命はそれから尾張《おわり》へおはいりになって、そこの国造《くにのみやつこ》の娘《むすめ》の美夜受媛《みやずひめ》のおうちにおとまりになりました。そして、かえりにはまた必《かなら》ず立ち寄《よ》るからとお言いのこしになって、さらに東の国へお進みになり、山や川に住んでいる、荒《あら》くれ神や、そのほか天皇にお仕えしない悪者どもをいちいちお説《と》き従えになりました。そしてまもなく相模《さがみ》の国へお着きになりました。
 するとそこの国造《くにのみやつこ》が、命をお殺し申そうとたくらんで、
「あすこの野中に大きな沼《ぬま》がございます。その沼の中に住んでおります神が、まことに乱暴《らんぼう》なやつで、みんな困《こま》っております」と、おだまし申しました。
 命はそれをまにお受けになって、その野原の中へはいっておいでになりますと、国造《くにのみやつこ》は、ふいにその野へ火をつけて、どんどん四方から焼きたてました。
 命ははじめて、あいつにだまされたかとお気づきになりました。その間《ま》にも火はどんどんま近に迫《せま》って来て、お身が危《あやう》くなりました。
 命はおんおば上のおおせを思い出して、急いで、例の袋のひもをといてご覧《らん》になりますと、中には火打《ひうち》がはいっておりました。
 命はそれで、急いでお宝物《たからもの》の御剣《みつるぎ》を抜《ぬ》いて、あたりの草をどんどんおなぎ払いになり、今の火打《ひうち》でもって、その草へ向かい火をつけて、あべこべに向こうへ向かってお焼きたてになりました。命はそれでようやく、その野原からのがれ出ていらっしゃいました。そしていきなり、その悪い国造《くにのみやつこ》と、手下《てした》の者どもを、ことごとく切り殺して、火をつけて焼いておしまいになりました。
 それ以来そのところを焼津《やいず》と呼びました。それから、命《みこと》が草をお切りはらいになった御剣《みつるぎ》を草薙《くさなぎ》の剣《つるぎ》と申しあげるようになりました。
 命はその相模《さがみ》の半島《はんとう》をおたちになって、お船で上総《かずさ》へ向かってお渡《わた》りになろうとしました。すると途中で、そこの海の神がふいに大波《おおなみ》を巻《ま》きあげて、海一面を大荒《おおあ》れに荒れさせました。命の船はたちまちくるくるまわり流されて、それこそ進むこともひきか
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