」とお言いになりました。そして二人とも刀を抜《ぬ》き放すだんになりますと、建《たける》のはにせの刀ですから、いくら力を入れても抜けようはずがありません。命は建《たける》がそれでまごまごしているうちに、すばやくほんものの刀を引き抜いて、たちまちその悪者を切り殺しておしまいになりました。そして、そのあとで、建《たける》が抜けない刀を抜こうとして、まごまごとあわてたおかしさを、歌につくってお笑《わら》いになりました。
三
命《みこと》はこんなにして、お道筋《みちすじ》の賊《ぞく》どもをすっかり平《たい》らげて、大和《やまと》へおかえりになり、天皇にすべてをご奏上《そうじょう》なさいました。
すると天皇は、またすぐにひき続いて、命に、東の方の十二か国の悪い神々や、おおせに従わない悪者どもを説《と》き従えてまいれとおおせになって、ひいらぎの矛《ほこ》をお授《さず》けになり、御※[#「金+且」、第3水準1−93−12]友耳建日子《みすきともみみたけひこ》という者をおつけ添《そ》えになりました。
命はお言いつけを奉じて、またすぐにおでかけになりました。そして途中で伊勢《いせ》のお宮におまいりになって、おんおば上の倭媛《やまとひめ》に再度《さいど》のお別れをなさいました。そのとき命はおんおば上に向かっておっしゃいました。
「天皇は私を早くなくならせようとでもおぼしめすのでしょう。でも、こないだまで西の方の賊を討《う》ちにまいっておりまして、やっと、たった今かえったと思いますと、またすぐに、こんどは東の方の悪者どもを討ちとりにお出しになるのはどういうわけでございましょう。それもほとんど軍勢《ぐんぜい》というほどのものもくださらないのです。こんなことからおして考えてみますと、どうしても私を早く死なせようというお心持としか思われません」命はこうおっしゃって涙《なみだ》ながらにお立ちになろうとしました。
おんおば上は、命のそのお恨《うら》みをおやさしくおなだめになったうえ、もと神代《かみよ》のときに、須佐之男命《すさのおのみこと》が大《だい》じゃの尾の中からお拾いになった、あの貴《とうと》いお宝物《たからもの》の御剣《みつるぎ》と、ほかに袋《ふくろ》を一つお授けになり、まん一、急なことが起こったら、この袋《ふくろ》の口をお解《と》きなさい、とおおせになりました。
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