た。
 けれどもイドリスは、王さまからさわいでいたゞけばいたゞくほど、よけいに命がちゞまるやうな気がして、寝てもさめても苦痛でたまりませんでした。
 ある日王さまは、イドリスをつれて、町の郊外へ出かけました。王さまは、そこの大浴場で一しよに湯あみをしようと言ひ出しました。しかしイドリスは、そればかりはおゆるし下さいまし、いくら何でも王さまと一つのお湯へはいるのは、もつたいないかぎりですと言つて、かたくおことわりしました。それで王さまは、仕方なく一人で浴場へはいりました。
 イドリスはその間に、家《うち》へかへつてお湯をわかさせました。お湯にはいつてゐても、イドリスはじぶんが王さまから、何でも見とほす力があるやうに思はれてゐる、その苦しさを考へつゞけ、どうかして、上手に王さまの手からはなれる工夫はないものかと思案しました。
 ふと見ると、頭一ぱいに、シャボンのあわをつけた、じぶんのすがたが、そばの鏡にうつつてゐます。そのときイドリスは、ふと、さうだ、おれは気ちがひになつたことにしよう、それがいゝ、このシャボンだらけの頭をして、すつぱだかで町の中をかけて歩けば、だれだつて、おれのことを気が
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