犬は、
「さ、早くお上《あが》りよ。よ。よ。」と言うように、くんくん言っていましたが、それでもまだ食べようとしないので、相手の食慾をそそろうとするように、その肉のきれのかどを、小さく食い切って、ぺちゃぺちゃと食べて見せました。それでも病犬は、じっとしたまま動きません。こちらの犬は、しかたなしに、こんどは肉のきれを、二、三尺うしろの方へ引きずって来て、それを前足の間《あいだ》においてすわり、さも病犬をさそい出そうとするように、口の先で肉をつッつき/\しては、じっとまっています。
「さ、来て食べてごらん。おいしいよ。ね、ほら。うまそうだろう。食べない? きみが食べなけりゃ、わたしがみんな食べるよ。いいかい。食べてもいいかい。」と言わぬばかりに、しきりにくんくんないたりしました。しかし、いくら手をかえてすすめてもだめでした。病犬はちゅうとで一ど、よろよろと出て来て、肉のはしをちょっとかんで見ましたが、またのそのそとかんなくずの中へかえってうずくまり、目をつぶってうとうとと眠りかけました。
 こちらの犬は、肉のきれをくわえていって、その犬の口のところへおき、じぶんも中にはいって砂だらけのかんな
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