きも得ざりき。しかも、その風のごとき運動は徐《じょ》じょにわがかたへも延長し来たれるなり。
この見馴れざる不可解の現象ほど、われに奇異の感を懐《いだ》かしめたることはかつてなかりき。しかもわれはなお、それに対して恐怖の念を起こすにいたらざりき。われはかくの如くに記憶す。――たとえば、開かれたる窓より何心なしに表をながめたる時、目前にある小さき立ち木を遠方にある大木の林の一本と見誤まることあり。それは遠方の大木と同様の大きさに見ゆれど、しかもその量《かさ》においても、その局部においても、後者とはまったく一致せざるはずなり。要するに、大気中における遠近錯覚に過ぎざるなれど、一時は人を驚かし、人を恐れしむることあり。われらは最も見馴れたる自然の法則の、最も普通なる運用を信頼し、そのあいだになんらかの疑うべきものあるを見れば、直《ただ》ちにそれをもってわれらの安全をおびやかすか、あるいは不思議なる災厄の予報と認むるを常とす。されば、今や草むらが理由なくして動揺し、その動揺の一線が迷うことなくおもむろに進行し来たるをみれば、たとい恐怖を感ぜざるまでも、確かに不安を感ぜざるを得ざるなり。
わが
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