はなは》だ冷静なるをもって知られたるに、今や少しく興奮せる体《てい》を見て、われは驚けり。
「や、や」と、われは言いぬ。「鶉《うずら》撃つ銃をもて鹿を撃つべくもあらず。君はそれをこころみんとするか」
 彼はなお答えざりき。しかもわがかたへ少しく振り向きたる時、われはその顔色の励《はげ》しきに甚だしくおびやかされたり。かくてわれは、容易ならざる仕事がわれらの目前に横たわれることを覚《さと》りぬ。おそらく灰色熊を狩り出したるにあらずやと、われはまず推量して、モルガンのほとりに進み寄り、おなじくわが銃の打ち金をあげたり。
 藪のうちは今や鎮《しず》まりて、物の響きもやみたれど、モルガンは前のごとくにそこを窺いいるなり。
「何事にや。何物にや」と、われは問いぬ。
「妖物《ダムドシング》?」と、彼は見かえりもせずに答えぬ。その声は怪しくうら嗄《が》れて、かれは明らかにおののけり。
 彼は更に言わんとする時、近きあたりの燕麦がなんとも言い分け難き不思議のありさまにて狂い騒ぐを見たり。それは風の通路にあたりて動揺するがごとく、麦は押し曲げらるるのみならず、押し倒され、押し挫《ひし》がれて、ふたたび起
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