、この書物にはこの事件に関するなんの形をもとどめていません」と、検屍官はそれを上衣《うわぎ》のポケットに滑《すべ》り込ませた。「これにある記事はみんな本人の死ぬ前に書いたものです」
 ハーカーが出て行ったあとへ、陪審官らは再びはいって来て、テーブルのまわりに立った。そのテーブルの上には、かの掩《おお》われたる死体が、敷布《シーツ》の下に行儀よく置かれてあった。陪審長は胸のポケットから鉛筆と紙きれを把《と》り出して、念入りに次の評決文を書くと、他の人びともみな念を入れて署名した。
 ――われわれ陪審官はこの死体はマウンテン・ライオン(豹の一種)の手に因《よ》って殺されたるものと認む。但《ただ》し、われわれのある者は、死者が癲癇《てんかん》あるいは痙攣のごとき疾病を有するものと思考し、一同も同感なり。

       四

 ヒュウ・モルガンが残した最後の日記は確かに興味ある記録で、おそらく科学的の暗示を与えるものであろう。その死体検案の場合に、日記は証拠物として提示されなかった。検屍官はたぶんそんなものを見せることは、陪審官の頭を混乱させるに過ぎないと考えたらしい。日記の第一項の日付けは
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