рェ此の試みをする決心を固めてくれたのである。それ故にベンタムは Basic English の眞の父である。1」とオグデン氏が言つてゐる。虚構(事實でないことを事實らしくしくむこと、つくりごと)に關する思想はカント、ニィチェ等古來多くの哲學者によつて注意せられた問題であるが、特に英國の法理學、政治哲學の實際及び理論の兩方面に亘つて、他國のそれに於いてよりは一層重要な役割を演じて來た、とファイヒンガーも言つてゐる。而してオグデン氏がベンタムの「言語上の虚構」(Linguistic Fictions)の理論を檢討展開せしめて、それを實際に應用した結果が遂に Basic English となつて現はれたのである。而してベンタムは彼の言語理論によつて英語を整理して國際語たらしめる可能性を主張した最初の人であつて、international といふ語は彼の初めて用ゐたものである。そもそもベンタムが「言語上の虚構」に關心を持ち始めた動機は、一つには、彼が幼年時代に惱まされた幽靈(ghosts)に對する恐怖の念に就いての考察に由來し、又一つには、オックスフォードに於けるブラックストン(Sir William Blackstone, 1723−80)の講義によつて惹起された「法律上の虚構」2(Legal Fictions)に對する嫌惡の情に由來したのであつた。即ち、幽靈(spectres)、小鬼(imps)及び妖怪(bogeys)といふやうな朦朧たる語の背後に潜む實體に對する疑惑と法律用語の背後に横はる道徳的意義に對する疑問とより進んで、言語そのものゝ基礎の檢討に移つて行つたのである。3
1 後に述べる「虚構」の研究。因みに言ふ、森鴎外の小説「かのやうに」は此の書物に由來するのである。
2 The Philosophy of 'As if' [#「The Philosophy of 'As if' 」は斜体] by H. Vaihinger(International Library of Psychology, Philosophy and Scientific Method).
1 C.K. Ogden : Jeremy Bentham[#「Jeremy Bentham」は斜体] 1832−2032 (Psyche Miniatures), p.44.
2 末弘嚴太郎 : 「嘘の效用」(改造社、大正十二年)參照。
3 C.K. Ogden : Jeremy Bentham[#「Jeremy Bentham」は斜体] 1832−2032, p.39.
さて、ベンタムの「言語上の虚構」とは要するに、言語には 'table' 'dog' のやうな明かに指し示すことの出來る具體的な物を示すものもあるが、又 'liberty,' 'obligation,' 'civilization' の如く實際的でない、言葉の上に於いてのみ存在する、即ち抽象的な虚體を指すものもある。而して此の後者に屬するものを「言語上の虚構」と言ふのである。オグデン氏はかう言つてゐる、「具體的な物を何等表はしてゐない多くの名詞(例へば、harmony, quality 等)がある。尤も總ての國語では、便宜上具體的な物を表はしてゐるかのやうに扱つてゐる。これ等は假作的な物の名である。これ等の語は、文法の方面では何等特別の問題とはならないが、言語といふものが何を傳へてゐるかを了解せんとするならば、この區別は重要なものとなる。……言語上の虚構の性質は、それを比喩(metaphor)の一種として考へれば、恐らく一層理解し易いであらう。比喩とは普通の意味では、語を類似なものに適用することである。即ち虚構は語の機能を類似なものに及ぼして用ゐることであると大體言つてもよからう。かくして、force of circumstance といふのは物理學者の世界から借用した類似用法であるが、force それ自身は、物理學者がそれを用ゐる際でも、それに相當する物體は宇宙に見出し得ないものである。」*と。
* C.K. Ogden : Basic English[#「Basic English」は斜体], 6th ed.(1937. Psyche Miniatures), p.45. なほ詳しくは C.K. Ogden : Bentham's Theory of Fictions[#「Bentham's Theory of Fictions」は斜体]. 1932.(International Library of Psychology, Philosophy and Scientific Method)參照。
我々は言葉の使用に於て、多くの場合に傳統的の慣習によつて、此等二種類の言語の相違を明
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