喜ばせた。その隣の檻の金網の中には嬉戯する小猿が幾匹となく、頓狂に、その桃色の眼のまはりを動かすのである。
さうだ、此処だつたなと私は思つた。金と黝朱《うるみしゆ》の羽根の色をした鳶の子がちやうどこの対ひの角の棒杭に止つてゐたのを観た七八年のことを思ひ出したのである。私はあの時|木菟《みみづく》かと思つた。ちかぢかと寄つて見ると、鳶は頭のまるい、ほんとに罪のない童顔の持主であつた。
さうだつた、これが針綱神社だつたと私はまた微笑した。
あの冬の名古屋市はまつたく恐怖と寒気とで、その繁華な、心臓の鼓動も停りさうであつた。悪性の流行感冒は日に幾十となくその善良な市民を火葬場に送つた。私もまた同じ戦慄の中に病臥して、きびしい霜と、小さい太陽と、凍つた月の光ばかりを眺むるより外はなかつた。旅で病むのは何と心細かつたことだらう。それに私は貧しいかぎりであつた。島村抱月氏の傷ましい訃報を新聞で知つたのもその時であつた。
今、私の愛児は、幼年紳士は、急斜面の弧の、白い石の太鼓橋を欄干につかまりつかまり遮二無二匍ひ登らうとしてゐる。一行の誰彼が面白がつて、よいしよ/\と背後から押しあげてゐる。
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