い眺めと薫りとをこの子はどんなに貪り吸つたことか。父とまた初めて旅するこの子の瞳はどんなに黒く生々と燃えてゐたことか。さうして酒徒としての私にはやや差し障りさうな道連ではあつたが、時とすると侮り難い小さな監督者であらうも知れぬが、だが、私自身にも寧ろ或はそれを望んだ心もちもあつた。
 私はわが子の両手を強く握つた。――よく一緒に遣つて来た。来てほんとによかつたのだ。
 まことに白帝城は日本ラインの白い兜である。
 おお、さうして、白い※[#「くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]たけた昼のかたわれ月が、おお、ちやうどその白い兜の八幡座にある。

 白帝城に登つたのは、その上の麓の彩雲閣(名鉄経営)の楼上が、隆太郎の所謂「香ひのする魚」を冷いビールの乾杯で、初めて爽快に風味して、ややしばらく飽満した、その後のことであつた。
 その白帝園の裏手から葉桜の土手を歩いて右へ、緩いだらだら坂を少しのぼると、乾山焼の同じ構への店が竝んでゐる。それから廻ると、公園の広場になる。ところで、極彩色の孔雀が燦々《きらきら》と尾羽を円くひろげた夏の暑熱と光線とは、この旅にある父と子とを少からず
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