中へ折れたところで、しをらしい赤い鳳仙花が眼についた。もう秋だなと思ふ。
簡素な洋風の家がある。入口は開けつぱなしで、粗末な卓に何か仕事してゐるワイシャツの人がある。役場の老人がそこで何かと挨拶をする。幽かに私の名を言つてゐる。
私たちは洞門に入る。外へ出ると豁然とひらけて、前は木曾の大河である。
この大河の水は岩礁を割いた水道のコンクリートの堰と赤錆びた鉄の扉の上を僅に越えて、流れ注いで、外には濁つた白い水沫と塵埃とを平らかに溜めてゐるばかりだ。何の奇も無い閑けさである。
「この水が名古屋全市民の生命をつないでゐるのです。」と詰襟をはだけた制帽の若者が説明する。
私たちは引返して、洞門をくぐると、二台の計算機の前に出た。幽かに廻つてゐる円筒の方眼紙の上に青いインキが針から滲んで殆ど動くか動かぬかに水量と速度とをぢりぢりと鋸形に印して進む。そこで若者は三和土《たたき》の間の方五六尺の鉄板の蓋を持ちあげる。暗々たる穴の底から冷気が颯と吹きあげる。水は音なく流れて、地下十八尺の深さを、遙の大都会へ休みなく奔りつつ圧しつつある。しんしんとしたその奔入。
詩歌の本流といふものもちやう
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