回しようと思つたのである。
ストップ! 古井《こび》の白い鉄橋の上で、私は驚いて自動車を飛び降りた。その相迫つた峡谷の翠の深さ、水の碧くて豊かさ。何とまた欝蒼として幽邃な下手の一つ小島の風致であらう。煙霧は模糊として、島の向うの合流点の明るく広い水面を去来し、濡れに濡れた高瀬舟は墨絵の中の蓑と笠との舟人に操られて滑つて行く。
私たちがその青柳橋の上に立つてゐると、何が珍しいのかぞろぞろと年寄や子供たちが周囲にたかつて来た。この川はと聞くと飛騨川と誰かが答へた。高山の上の水源地から流れて来てこの古井《こび》で初めて木曾川に入るのだとまた一人が傍から教へてくれた。ぢやあ、あの広いのが木曾川だなと思へてきた。
「あの島にお堂が見えますが、あれは何様ですね。」
「小山観音。」
「縁日でもありますか。」
「ちやうど七月九日が御開帳でして、へえ、毎年です。」
「店も出ませうね。」
「ええ、河原は見世屋でそれはもういつぱいになりますで。」
水に映つて、それは閑雅な灯のちらちらであらうと思へた。この支流である飛騨川の峡谷はまた本流の蘇川峡との別趣の気韻をもつて私に迫つた。上手の眺めにもうち禿げた
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