曇となつた。四方の雨も霧と微々たる雫とはしきりに私の旅情をそそつた。宿酔の疲れも湿つて来た。
この六日は下の河原で年に一度の花火の大会がある筈であつた。名古屋の甥たちや隆太郎にも見に来るやうに通知はしたが、それもどうやら怪しくなつて来る。果然雨天順延となつて私の旅行日程にもまた一日の狂ひが生じて来た。で、無聊に苦しむよりは雨の日本ラインの情趣でも探勝しようかとなつた訳である。
自動車は駛る。
と、気がつくといつのまにか北へ向つたのが南へ駛りつつあつた。や、例の樺と白との別荘だなと思ふと、中仙道は川添ひの松原と桃林との間を驀進しつつある。
新赤壁の裾を幾折れして、岩屋観音にかかる。漢画風の山水である。トンネルがあり、橋がある。路はやや沿岸を離れて桑畑と雌松の林間に入る。農家がある。鳳仙花や百日草が咲き、村の子が遊び、鶏がけけつこつこつこつである。高原の感じである。
秋、秋、秋、秋、
太田の宿にはひる。右に折れて鉄橋を渡れば、対岸の今渡《いまわたり》から土田《どた》へ行けるのだが、それがライン遊園地への最も近い順路であるのだが、私は真つ直にぐんぐん駛らせる。なるべく上流へ出て迂
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