岩石層は少く、すべてが微光をひそめた巒色の丘陵であつた。深沈としたその碧潭。
私たちはまた車上の人となる。藍鼠と燻銀との曇天、丘と桑畑、台が高いので、川の所在は右手にそれぞと思ふばかりで、対岸の峰々や、北国風の人家を透かし透かし、どこまでもどこまでも自動車は躍つてゆく。土の香がする。草のかをりがする。雨と空気と新鮮な嵐と、山蔭は咽ぶばかりの松脂のにほひである。駛る、駛る、新世界の大きな昆虫。
「見えた。あの鉄橋からまはりますか。」
「よし。」
そこでハンドルを右へきゆつと廻す。囂々とその釣橋を渡つてまた右折する。兼山の宿である。と、風光はすばらしく一変する。爽快々々、今来た峡谷の上の高台が向うになる。薄黄の傾斜面と緑の平面、平面、平面、鉾杉の層、竹藪、人家、思ひきり濃く、また淡く霞む畳峰連山、雨の木曾川はその此方の田や畑や樹林や板屋根の間から、突として開けたり隠れたりする。岩礁が見える。舟が見える。あ、檜だ、瓦だ、絵看板だ。
遙にまた煙突、煙突、煙突である。あの黒い煙はと聞くと、あれは太田だといふ。よくも上まで来たものだと思ふ。いや、かれこれ二時間は走つてゐますと運転手が笑ふ。か
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