園はカンツリー・クラブの大食堂で私たち三人――私と素峰子と運転手と――が、この八月六日の極めて簡素な午餐を認めてゐた時にたまたま給仕を通じて私に挨拶に見えた。はひつて来ると、名刺を一々、運転手君にまでうやうやしく手交した。若しさうと知つてしたのならば美しい事だと微笑された。またそれほど黒背広の運転手君もひとかどの紳士らしく見えた。すなはち近代の日本ラインである。
 カンツリー・クラブは緩い勾配の尾根の、錆色の羽目の中二階で、簡素ないい趣味の建築である。バンガロー風で、正面と横とに広い階段がついてゐる。その正面の階段の下の、明るい色彩の花壇の前で、私は改めて一礼すると、車上の人となつた。雀のお宿の素峰子は昨日の朝から激しい胃痙攣で顔色が無かつた。今日も案内がおぼつかないので、犬山橋駅に廻つて、赤い腕章の旅客課の制帽君の同乗をたのむことにした。
 自動車は駛る。鉄橋を北へ、まつしぐらに駛つて行く。と、ちらつと、白帝城と夕暮富士とが眼を掠める。
 きのふの夕焼は実によかつたと思ふ。その返照はいつまでも透明な黄の霞んだ青磁や水浅葱の西の空に、紅く紅く地平の積巻雲を燃え立たせた。さうして紫ばんで
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