瀬をのぼり切ると、いよいよ河幅は狭くなる。いよいよ差し迫つた奇岩怪石の層々々、荒削りの絶壁がまたこれらに脈々と連り聳えて、見る眼も凄い急流となる。惜しいことには水が嵩く、岩は半ば没して、その神工の斧鉞の跡も十分には見るを得ないが、まさに蘇川峡の景勝であらう。
斎藤拙堂の「岐蘇《きそ》川を下るの記」に曰く、
「石皆奇状両岸に羅列す、或は峙立して柱の如く、或は折裂して門の如く、或は渇驥《かつき》の澗に飲むが如く、或は臥牛の道に横たはる如く、五色陸離として相|間《まじ》はり、皴《しゆん》率ね大小の斧劈を作す、間《ま》も荷葉披麻を作すものあり、波浪を濯ふて以て出づ、交替去来、応接に暇あらず、蓋し譎詭変幻中清秀深穏の態を帯ぶ。」
兜岩。駱駝《らくだ》岩。眼鏡岩、ライオン岩、亀岩などの名はあらずもがなである。色を観、形を観、しかして奇に驚き、神|悸《をのの》[#ルビの「をのの」は底本では「をのむ」]き、気眩すべしである。
拙堂も観た五色岩こそはまた光彩陸離として衆人の眼を奪ふものであらうか。
ただ私の見たところでは、この蘇川峡のみを以てすれば、その岩相の奇峭は豊の耶馬渓、紀の瀞八丁《どろは
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