、青のフラフの遊覧船が三々五々と私たちの前を行くのだ。
 遡流は氷室山の麓を赤松の林と断崖のほそぼそした嶮道に沿つて右へ右へと寄るのが法とみえる。「これが犬帰《いぬかへり》でなも。」と後から赤銅の声がする。
 烏帽子岩、風戻、大梯子、そこでこの犬帰の石門、遮陽石といふのださうな。
「ほれ、あの屋根が鳥瞰図を描くYさんのお宅ですよ。」
 幽邃な繁りである。蝉、蝉、蝉。つくつくほうし。
「この高い山は。」
「継鹿尾山《つがのをやま》、寂光院といふ寺があります。不老の滝といふのもありますが下つて御覧になりますか。」
「いや、ぐんぐんのぼらう。」
 風が涼しい。潭は澄み、碧流は渦巻く。紫紺の水禽は遡る、遡る。
「あれが不老閣。」
「閑静だなも。」
 と、これより先き、中流に中岩といふのがあつた。振り返ると、いつになく左後ろ斜めに岩と岩と白い飛沫をあげてゐる。
 それから千尺の翠巒と断崖は浣華渓となるのである。

 波、波、波、波、波
  波、波、波、波、波、
 波、波、波、波、波、波、
  波、波、波、波、
 波、波、波、波、波、波、

「爽快々々。」
「富士ヶ瀬です。」
 すばらしい飛沫、飛
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