とつ、競争してみますかな。」
 自動車の運転手が笑つた。
「よからう。」と私たちは舟に乗り込む。船頭はやはり二人で、棹をつつッと突張るや否や、後のが艪臍を調べると、艪をからからとやつて、「そうれ出るぞう」である。
 白帝城下まで二里半だといふことである。

    *

 舟は走る。五色の日本ライン鳥瞰図が私の手にある。
「ほう、あれが乙女の滝かね。」その滝は左の緑蔭から懸つてあまりに幽かな水の線、線、線、であつた。
 右に蹲《うづくま》るのがライオン岩、深巌とした赭黒である。と、舟は直ちに遊仙ヶ岡の碧潭にさしかかる。
 その仙境を離れると、流れはいよいよ急である。昨日に比して少からず減じた水量のために河中の巌といふ巌は、ことごとく高く高く糶《せ》り上つて、重積した横の、斜めの斧劈も露はに千状万態の奇景を眼前に聳立せしめて、しかも雨後の雫は燦々と所在の岩角、洞門のうち響きうち響き、降るかとばかりに滾《こぼ》れしきる。
 河峡はいよいよ狭く、流れはいよいよ急に、舟は危ふく触れんとして畳岩絶壁のすれすれを走り下る。
「や、あれは。」
 と眼をみはつた。
 一羽、ふり仰ぐ一大岩壁の上に、黄褐
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