の猛鳥、英気颯爽として留つて、天の北方を睨んでゐる。鈎形の硬嘴、爛々たるその両眼、微塵ゆるがぬ脚爪の、しつかと岩角にめりこませて、そしてまた、かいつくろはぬ尾の羽根のかすかな伸び毛のそよぎである。
「鷹だね。」
「え。」と驚いて旅客課、「さうです。鷹です。」
冷気一道に襲つて、さすがに蘇川は深山幽谷の面影が立つた。
「身動きもしないんだね、舟が下を通つても。」
私は驚いたのである。
心音の動悸が止まぬのに、またしても一羽、右手の駱駝岩の第一の起隆の上に、厳然としてとまつてゐる。相対した上の鷹と、おそらくは番《つが》ひであらう。
いいものを見たと私は思つた。野猿の声こそは聴けなかつたが、それに増して私は偶然の、時の恩寵を感じずにはゐられなかつた。
私は幾度も振り返つた。
激湍、白い飛沫の奔騰する観音の瀬にかかつて、船はゆれにゆれて傾く。
鷹は絶壁の遙に黒く、しかも確実に二個の点として厳としてゐる。小さく小さくなる。一個は消えても、一羽の英姿はいつまでもいつまでも遺つてみえる。その向うの空の濡れた黝朱《うるみしゆ》の乱雲、それがやがては褐となり、黄となり、朱に丹に染まるであら
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