ヲる。
欄干《てすり》では何時《いつ》までも何時《いつ》までも
気《き》まぐれな狐拳《きつねけん》。
[#ここから横組み]“Chon−aiko! chon−aiko,
Chon−chon aiko−aiko,
Chon ga nanoso de
Cho−chon ga yoi ……”
“Chonkina! chonkina! ……”[#ここで横組み終わり]
[#地から3字上げ]四十三年七月
鬼百合
夏の日の東京に
歌沢《うたざは》のこころいき……
しみじみと身にしみて
きく年増《としま》、
すらりとした立姿《たちすがた》の
中形の薄青さ、
それしやの粋《いき》なこころに。
日がそそぐ……銀色《ぎんいろ》のきりぎりす
浮気男《うはきをとこ》を殺した
昼寝《ひるね》の夢の凄さ、
たてひきの憎《にく》さ、
かなしさ、つらさ、くるしさ、
日がそそぐ……わかいお七の半鐘か、死ぬるきりぎりすか。
銀《ぎん》の光の細かな強いすすりなき。
大河《おほかは》をまへに、
唇《くち》に啣《くは》えた帯留の金《きん》――
手をうしろにまはして、
暑《あつ》さうなものごしの、
なにかしら寂《さみ》しさうに、
きりきりと締《し》め直す黒い繻子《しゆす》の一筋《ひとすぢ》。
けだるげな三味線が
あれ、またもあのやうに、……
青みもつ目のふちの疲《つか》れから
なにを見るとなし熟視《みつ》むる
黒い瞳の深さ、
酸《す》いも甘いも噛みわけた
中年《ちゆうねん》の激しい衝動《シヨツク》……その底のさみしさ、つらさ、かなしさ。
黒い繻子の手ざはりが
きゆつ、きゆつと……
暑い、苦しい、くるしい日、
渋い鬼百合の赤さ、
鮮《あざや》かな臭《にほひ》の強さ、
湿《しめ》つた褐色《かちいろ》の花粉《くわふん》の
細《こま》かにちる……背後《うしろ》の床の間《ま》の大輪《たいりん》。
触《さは》る帯の繻子、やはらかな粉《こな》、
こころもきゆつきゆつと……
夏の日のさる河岸に
歌沢のこころいき。
ええまあ、
奈何《どう》すりや宜《い》いつてんだらうねえ。
[#地から3字上げ]四十三年七月
道化もの
ふうらりふらりと出て来《く》るは
ルナアパークの道化《だうけ》もの、
服《ふく》は白茶《しらちや》のだぶだぶと戯《おど》け澄ました身のまわり、
あつち向いちやふうらふら、
こつち向いちやふうらふら、
緋房のついた尖《とん》がり帽子がしをらしや。
鉛粉《おしろい》真白《まつしろ》けで丸《まる》ふたつ
頬紅《ほべに》さいたるおどけづら、
円《まる》い眼ばりもくるくると今日《けふ》も呆《とぼ》けた宙がへり。
かなしやメエリイゴラウンド、
さみしや手品の皿まわし、
春の入日の沈丁花《ちんちやうげ》がどこやらに。
ひとが笑へばにやにやと、
猫のなきまね、烏啼き、
たまにやべそかき赤い舌、嘘か、色眼《いろめ》か、涙顔。
鳴いそな鳴いそ春の鳥、
鳴いそな鳴いそ春の鳥、
紙の桜もちらちらとちりかかる。
薄むらさきの円弧燈《アークとう》、
瓦斯と雪洞《ぼんぼり》、鶴のむれ、
石油のヱンヂンことことと水は山から逆《さか》おとし、
台湾館の支那の児
足の小さな支那の児、
しよんぼり立つたうしろから馬鹿囃子《ばかばやし》。
ぬうらりしやらりと日が暮れて
またも夜《よ》となる、道化もの、
あかい三角帽をちよいと投げてひよいと受けたら禿頭《はげあたま》。
あつち向いちやくうるくる、
こつち向いちやくうるくる、
御愛嬌《ごあいきやう》か、またしてもとんぼがへり。
[#地から3字上げ]四十四年三月
あそびめ
たはれをのかずのまにまに
じだらくにみをもちくづし、
おしろいのあをきひたひに
ねそべりてひるもさけのみ、
さめざめとときになみだし、
ゆふかけてさやぎいづとも、
かなしみはいよよおろかに、ながねがひいよよつめたし。
あはれよのしろきねどこの
まくらべのベコニヤのはな。
[#地から3字上げ]四十五年五月
南京さん
李《リイ》さん、鄭さん、支那服さん、
あなたの眼鏡はなぜ光る、
涙がにじんで日に光る。
鳥屋の硝子も日に光る。
目白、カナリヤ、四十雀、
鶉に文鳥に黒鶫《くろつぐみ》、
鳥もいろいろあるなかに
おかめ鸚哥《いんこ》はおどけもの
焦《ぢ》れて頓狂に啼きさけぶ。
さてもいとしや、しをらしや、
けふも入日があかあかと
わかい南京《ナンキン》さんは涙顔。
[#地から3字上げ]四十四年十月
蝮捕り
旅のすがたの蝮《まむし》捕り。
紺の脚絆に紺の足袋、
紺の小手あて、盲縞《めくらじま》。
羽織、腹掛しやんとして草鞋つつかけ忍びあし。
わかい男の忍びあし、
まがひパナマに日が射せば、
苦《にが》みばしつた横顔のことにつやつや蒼白く、
ほそく割《さ》いたる青竹に蝮挟みてなつかしく、
渚のほとり、草土手の曼珠沙華さくしたみちを、
九月|午後《ひるすぎ》、忍びあし。
静かにゆるき潮鳴《しほなり》は、
夏と秋との伴奏《ともあはせ》、
五十三次、広重《ひろしげ》の海の匂もまだ熱く、
眉にかがやく忍びあし、……
蝮の腹もいと青く。
けふのこの日の蝮捕り、――
渡りあるきの生業《なりはひ》の昨日《きのふ》の疲《つか》れ、
明日の首尾《しゆび》、
案じわづらふ足もとに飛んで跳《は》ねたはきりぎりす。
疲れた三味が鳴るわいな。
意気な年増の手ずさみか、
取り残された避暑客の後《あと》の一人の爪弾か、
離縁《さ》られた人か、死ぬ人か、
思ひなしかは知らねども、
昨日あがつた心中の男女《をとこをんな》の忍び泣き、……
あれ三味が鳴る、昼日なか、
知らぬ都のふしまはし。
わかい吐息の忍びあし、
そつと留《とゞ》めて、聞惚れて、なにをおもふや、うつとりと、
蝮の腹の青縞の博多帯めくつややかさ、
きゆつきゆと白き指つけて、拭《ふ》きつ、さすりつ、薄笑みつ、
九月、午後《ひるすぎ》、日の光――
こころの縞もいと青く。
蝮よ、蝮よ、やはらかな、熱《あつ》い冷《つめ》たい手触《てさは》りの、
そなたも三味にきき惚れて身をうねらすや、やるせなく、……
平首《ひらくび》、竹に挟まれて、されどゆかしく、あどけなく、
無心に瞠《みは》る眼のいろは空と海との水あさぎ。
蝮よ小さい尾のさきの、匂の肌をつまぐれば、
毒ある汗はいきいきと、神経のごと細《こま》やかに、
朱の斑《ふ》なまめく褐《くり》と黄《き》の波斯《ペルシヤ》模様の美くしさ、
それか、怪しき淫《たは》れ女《め》の
閨《ねや》の麝香《じやかう》の息づかひ。
九月|午後《ひるすぎ》、日の光――
あれ三味が鳴る、きりぎりす、
飛んで死んだがましかいな。
[#地から3字上げ]四十四年九月
[#改丁]
[#ここから5字下げ、ページの左右中央に]
雪と花火
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
夜ふる雪
蛇目《じやのめ》の傘《かさ》にふる雪《ゆき》は
むらさきうすくふりしきる。
空《そら》を仰《あふ》げば松《まつ》の葉《は》に
忍《しの》びがへしにふりしきる。
酒《さけ》に酔《よ》うたる足《あし》もとの
薄《うす》い光《ひかり》にふりしきる。
拍子木《ひやうしぎ》をうつはね幕《まく》の
遠《とほ》いこころにふりしきる。
思《おも》ひなしかは知《し》らねども
見《み》えぬあなたもふりしきる。
河岸《かし》の夜《よ》ふけにふる雪《ゆき》は
蛇目《じやのめ》の傘《かさ》にふりしきる。
水《みづ》の面《おもて》にその陰影《かげ》に
むらさき薄《うす》くふりしきる。
酒《さけ》に酔《よ》うたる足もとの
弱《よわ》い涙《なみだ》にふりしきる。
声《こゑ》もせぬ夜《よ》のくらやみを
ひとり通《とほ》ればふりしきる。
思ひなしかはしらねども
こころ細かにふりしきる。
蛇目《じやのめ》の傘にふる雪は
むらさき薄くふりしきる。
柳の佐和利
ほの青《あを》い雪《ゆき》のふる夜《よ》に、
電車《でんしや》みちを、
酔《よ》つて、酔《よ》つて、酔《よ》つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと、凭《もた》れかかれば、硝子戸《がらすど》に。
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕
ほの青《あを》い雪《ゆき》はふり、
店《みせ》のなかではしんみりと柳《やなぎ》の佐和利《さわり》、
酔《よ》つて、酔《よ》つて、酔《よ》つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと首《くび》をふれば太棹《ふとざを》が……
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕
ほの青《あを》い雪《ゆき》の夜《よ》の
蓄音機《ちくおんき》とは知《し》つたれど、きけばこの身《み》が泣《な》かるる。
酔《よ》つて酔《よ》つて酔《よ》つぱらつてさ、ひよろひよろと、
ふらふらと投《な》げてかかれば、その咽喉《のど》が……
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕
ほの青《あを》い雪《ゆき》のふる
人《ひと》ひとり通《とほ》らぬこの雪《ゆき》に、まあ何《なん》とした、
酔《よ》つて酔《よ》つて酔《よ》つぱらつてさ、ふらふらと、
ひよろひよろと、しやくりあぐれば誰やらが、
〔Yo_i! …… Yo_i! …… Yo_itona! ……〕
[#地から3字上げ]四十四年一月
春の鳥
鳴きそな鳴きそ春の鳥、
昇菊の紺と銀との肩ぎぬに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥、
歌沢《うたざは》の夏のあはれとなりぬべき
大川の金《きん》と青とのたそがれに。
鳴きそな鳴きそ春の鳥。
[#地から3字上げ]四十三年四月
かるい背広を
かるい背広を身につけて、
今宵《こよひ》またゆく都川、
恋か、ねたみか、吊橋の
瓦斯の薄黄《うすぎ》が気にかかる。
[#地から3字上げ]四十三年七月
薄あかり
銀《ぎん》の時計のつめたさは
薄らあかりの※[#ローマ数字7、1−13−27]《しち》の字に、
君がこころのつめたさは
河岸《かし》の月夜の薄あかり。
薄いなさけにひかされて、けふもほのかに来は来たが、
心あがりのした男、何のわたしに縁があろ。
空の光のさみしさは
薄らあかりのねこやなぎ、
歩むこころのさみしさは
雪と瓦斯との薄あかり。
思ひ切らうか、切るまいか、そつと帰ろか、何とせう。
いつそあの日のくちつけを後《のち》のゆかりに別れよか。
水のにほひのゆかしさは
薄らあかりの鴨の羽、
三味のねじめのゆかしさは
遠い杵屋の薄あかり。
かるい背広を身につけてじつと凝視《みつ》むる薄あかり。
薄い涙につまされて、けふもほのかに来は来たが。
銀の時計のつめたさは
薄らあかりの※[#ローマ数字7、1−13−27]の字に、
君がこころのつめたさは
青い月夜の薄あかり。
恋か、りんきか、知らねども、ほんに未練な薄あかり。
思ひ切らうか、たづねよか、ええ何とせう、しよんがいな。
[#地から3字上げ]四十三年三月
金と青との
金と青との愁夜曲《ノクチユルヌ》、
春と夏との二声楽《ドウエツト》、
わかい東京に江戸の唄、
陰影《かげ》と光のわがこころ。
[#地から3字上げ]四十三年五月
雨あがり
やはらかい銀の毬花《ぼやぼや》の、ねこやなぎのにほふやうな、
その湿《しめ》つた水路《すゐろ》に単艇《ボート》はゆき、
書割《かきわり》のやうな杵屋《きねや》の
裏《うら》の木橋に、
紺の蛇目傘《じやのめ》をつぼめた、
つつましい素足のさきの爪革《つまかは》のつや、
薄青いセルをきた筵若の
それしやらしいたたずみ……
ほんに、ほんに、
黄いろい柳の花粉のついた指で、
ちよいと今晩《こんばん》は、
なにを弾かうつていふの。[#地から3字上げ]四十三年七月
水盤
そなたの移した水盤《すゐばん》に、
薄い硝子の水の
微《かす》かな光、
新内のながしも通るのに、
ほんとに睡《ね》ちやつたの。
そなたの冷《つ》めたい手は
わたしの胸に、
薄いセルは
微《かす》かな涙に、
ほんとに
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