駭と激怒と惑乱から父親はカツとなつて思はず、次郎公の面部をたたきつけ、一蹴り蹴つ飛ばした。
 次郎公がキヤツと叫んで後へドタリと倒れると、女房もまたウーンと云つたまゝ気絶して了つた。
 あつと、慌てて、次郎公を抱き起すと、打ちどころが悪かつたか、その子はそのまゝ息の根が留つて了つてゐた。動顛して女房を抱き起して見ると、彼女もまた、口から血をタラタラ出して死んで了つてゐた、舌を噛み切つたのだ。
 この思ひがけない悲劇事の続出に、それでも彼が冷静に有り得やうとは誰一人思へる訳は無い。無論彼は逆上して了つた。
『嬶《かかあ》、ゆ、許してくれ、おら、申わけがねえ。申わけがねえだ。』
 そのまま、納屋へ飛び込んで行つて、壁にかかつてゐた草刈鎌で、無茶苦茶に腹に突き立てて了つた。
 一家全滅。
 これで事実は畢《をは》つてゐる。

    ○

 これで見ても、一家四人凡てが善人である。父親は頑愚で、正直一図で、感情が粗く野生的ではあるが愛情は深い。母親も無教育で、不謹慎な点はある、然しかういふ女は百姓の女房としてはザラにある。それに非常にヒステリツクではあるが、それだけ確かに純でもあり、愛情も濃
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