神童の死
北原白秋

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)而《し》かも

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今度|為《し》て見い
−−

 去年の秋、小田原の近在に意外の大惨虐が行はれた。恐らく、この吾が人生に於ける悲劇中の悲劇であらう。而《し》かも私は、未だ曾《かつ》てかゝる神聖無垢な殺人犯を見た事が無い。清純にして無邪、真実にして玲瓏の極、のみならず、単純無比にして深刻無比。而かもまた無心無我の極にあつて、既に恐るべき悪魔的天才の萌芽を示した雋鋭《せんえい》錐《きり》の如き近代の神経と感覚。驚くべきこの犯罪はただ手もなくやつつけられた。このすばらしい犯人こそ当年五歳の男の児に外ならなかつた。
 この犯罪は更に他に戦慄すべきそれ以上の犯罪を生《う》むだ。そればかりではない、更にまた血みどろの自殺者を二人まで出して了つた。一家族の全滅である。
 それがまた、ほんの突嗟――永くて五分か十分――の出来事であつた。
 而かも相互の愛情には些《さ》の不純も無かつた。相愛してゐた。誰一人憎むべき人間は見当らなかつた。
 たゞ愛ばかりであつた。而かもこの悲
次へ
全11ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング