劇は誰一人予期したものも無ければ、何一つ当初から計画されたものでは無かつた。
事件は突如として起つてゐる。
当事者は知らず、第三者から観れば、此等の犯罪者乃至自殺者は、全く人意以外の或る悪魔(それはその一家を全滅さすべくのしかかつて来た)の凄まじい翻弄に遭つたか、或は何等かの因果律に依つて、その一家のとどめを刺されて了つたとしか考へられなかつた。
私の仮寓してゐるD寺の和尚さんは『前世からの約束事でせう。』と嗟嘆した。而してまた『因縁事だ、仕方がない。』と、苦もなく諦めて了つた。
多くの人間は一体自分から観て一寸測り知られぬ異常な事件に打突《ぶつか》ると何も彼も因縁事だと諦めて了ふ。然し、私達はそれで決していい事はない。近代の人間はもつと理智的であり、考察的であり、研究的であらねばならない。
私が考へたところでは、全滅した此等四人の家族の中から、一人の悪人でも、矢張り見出せなかつた。が、たゞ一つ犯人の母親がたゞ一言不用意な言葉を使用した。それが凡ての起因で、兎に角母親が不謹慎だつたといふ事はわかる。然し、それを以て母親に最上の悪を担はせる事はできない。
ただ、茲に、私が、心
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