《あたり》一面真赤になる。と、思わず飛び退《さが》つた兄の子は、吃驚《びつくり》すると、唖のやうに其処に突つ立つて了つた。彼《あ》の子から観ると、それはあまり予期しない奇怪事であつた。それはおちんこをチヨンと一つ切り落す事は朝顔の蕾を一つチヨンと切り落すのと大した相違はなかつた筈だからだ。
 兄の子が火のつくやうに泣き出したのは、やや暫時《しばらく》経つてからであつた。
 然し彼の子は、それでも別段悪い事をしたとは思へなかつたに違ひない。無論それが人殺しで、非常な罪悪だとは知る筈が無かつたに違ひない。弟が死んで了つたなどとは無論まだ知る筈は無い。ただ血を見て仰天して了つたのだと思ふ。
 何といふ無邪気な人殺しであらう。
 ただならぬ泣声を母家の方に聞きつけると、その母親は洗濯物を投げ棄てて、背戸の方から飛び込んで来た。見ると、弟の子が縁側にひつくり反つてゐる。何事と思つて抱きあげると、その内股は血みどろである。ハツと思つて手を突つ込んだ。
 その時、兄の子はわあわあ泣き泣き、飛んでつた弟のおちんこを捨つて、そつと母親の方に差出した。と、
『あれつ、てめえは。』と云ふとそのまゝ母親もそつ
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