くり返つて了つた。真つ蒼になつて。
 兄の子はそれを見ると、またひいひい泣き立てて母親にむしやぶりつく。それを突き飛ばすやうに振り放すと、むつくり彼女は立ちあがつた。その時はもう元の母親で無かつたのだ。
 母親は『ほほヽヽヽヽヽ』とたまらず声を上げて笑ふと、落ちてゐた小さなおちんこを拾ひ上げて、弟の子の血みどろの跨《また》の間に押しつけて見た。彼女の手も無論血みどろであつた。押しつけて見てまたをかしくてをかしくて堪らぬかの如く声を笑ひ出して了つた。
『おちんこが。おほほほほ、おちんこが、おほほほほ……』
 気が狂つて了つたのだ。
 ところへ田圃から父親がふらりと帰つて来た。何気なく帰つて見るとこの始末である。仰天せずにはゐられない。
『ど、ど、どうしたつてんだ、え、おい、こおれおますよお、三太、やい、次、次、次郎公』
 女房はただゲラゲラ笑つてゐた。
 次郎公はまたひいひい歔欷《しやく》りあげた。
『小便垂れやがつたからな、おら、チヨンぎつただ。』
『え』と吃驚りすると、ハツと三太の跨ぐらを引つくらかえした。その手がワナワナ顫へ出した。
『と、飛んだ事しやがる、こん畜生。』
 一時の驚駭と激怒と惑乱から父親はカツとなつて思はず、次郎公の面部をたたきつけ、一蹴り蹴つ飛ばした。
 次郎公がキヤツと叫んで後へドタリと倒れると、女房もまたウーンと云つたまゝ気絶して了つた。
 あつと、慌てて、次郎公を抱き起すと、打ちどころが悪かつたか、その子はそのまゝ息の根が留つて了つてゐた。動顛して女房を抱き起して見ると、彼女もまた、口から血をタラタラ出して死んで了つてゐた、舌を噛み切つたのだ。
 この思ひがけない悲劇事の続出に、それでも彼が冷静に有り得やうとは誰一人思へる訳は無い。無論彼は逆上して了つた。
『嬶《かかあ》、ゆ、許してくれ、おら、申わけがねえ。申わけがねえだ。』
 そのまま、納屋へ飛び込んで行つて、壁にかかつてゐた草刈鎌で、無茶苦茶に腹に突き立てて了つた。
 一家全滅。
 これで事実は畢《をは》つてゐる。

    ○

 これで見ても、一家四人凡てが善人である。父親は頑愚で、正直一図で、感情が粗く野生的ではあるが愛情は深い。母親も無教育で、不謹慎な点はある、然しかういふ女は百姓の女房としてはザラにある。それに非常にヒステリツクではあるが、それだけ確かに純でもあり、愛情も濃
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