はかうして凡ての心を重く暗く腐らしたあと、池の邊《ほとり》に鬼百合の赤い閃めきを先だてゝ、※[#「火+共」、第3水準1−87−42、XVII−3]《や》くが如き暑熱を注ぎかける。
日光の直射を恐れて羽蟻は飛びめぐり、溝渠には水涸れて惡臭を放ち、病犬は朝鮮薊の紫の刺に後退《あとしざ》りつゝ咆《ほ》え※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11、XVII−6]り、蛙は蒼白い腹を仰向けて死に、泥臭い鮒のあたまは苦しさうに泡を立てはじめる。七八月の炎暑はかうして平原の到るところの街々に激しい流行病《はやりやまひ》を仲介し、日ごとに夕燒の赤い反照を浴びせかけるのである。
この時、海に最も近い沖ノ端の漁師原《れふしばら》には男も女も半裸體のまゝ紅い西瓜をむさぼり、石炭酸の強い異臭の中に晝は寢ね、夜は病魔退散のまじなひとして廢れた街《まち》の中、或は堀《ほり》の柳のかげに BANKO(椽臺)を持ち出しては盛んに花火を揚げる。さうして朽ちかゝつた家々のランプのかげから、死に瀕《ひん》した虎列拉《コレラ》患者《くわんじや》は恐ろしさうに蒲團を匍《は》ひいだし、ただぢつと薄《うす》あかりの中《うち》に色|
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