變《か》えてゆく五色花火のしたゝりに疲れた瞳を集める。
燒酎の不攝生に人々の胃を犯すのもこの時である。犬殺しが歩《あ》るき、巫女《みこ》が酒倉に見えるのもこの時である。さうして雨乞の思ひ思ひに白粉をつけ、紅《あか》い隈どりを凝らした假裝行列の日に日に幾隊となく續いてゆくのもこの時である。さはいへまた久留米絣をつけ新らしい手籠《てかご》を擁《かゝ》えた菱の實賣りの娘の、なつかしい「菱シヤンヨウ」の呼聲をきくのもこの時である。
*
九月に入つて登記所の庭に黄色い鷄頭の花が咲くやうになつてもまだ虎列拉《コレラ》は止む氣色もない。若い町の辯護士が忙《いそが》しさうに粗末な硝子戸を出入《ではい》りし、蒼白い藥種屋の娘の亂行の漸く人の噂に上るやうになれば秋はもう青い澁柿を搗く酒屋の杵の音にも新らしい匂の爽かさを忍ばせる。
祗園會が了り秋もふけて線香を乾《かわ》かす家、からし油を搾《しぼ》る店、パラピン蝋燭を造る娘、提燈の繪を描く義太夫の師匠、ひとり飴形屋(飴形《あめがた》は飴の一種である、柳河特殊のもの)の二階に取り殘された旅役者の女房、すべてがしんみりとした氣分に物の哀れを思ひ知
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