る十月の末には、先づ秋祭の準備として柳河のあらゆる溝渠はあらゆる市民の手に依て、一旦水門の扉を閉され、水は干《ほ》され、魚は掬《すく》はれ、腥くさい水草は取り除かれ、溝《どぶ》どろは奇麗に浚ひ盡くされる。この「水落ち」の樂しさは町の子供の何にも代へ難い季節の華である。さうしてこの一|騷《さわ》ぎのあとから、また久闊《ひさし》ぶりに清らかな水は廢市に注ぎ入り、樂しい祭の前觸《まへぶれ》が、異樣な道化《どうげ》の服裝をして、喇叭を鳴らし拍子木を打ちつゝ、明日《あす》の芝居の藝題《げだい》を面白ろをかしく披露しながら町から町へと巡り歩く。
 祭は町から町へ日を異にして準備される、さうして彼我の家庭を擧げて往來しては一夕の愉快なる團欒に美くしい懇親の情を交すのである。加之、識る人も識らぬ人も醉うては無禮講の風俗をかしく、朱欒《ざぼん》の實のかげに幼兒と獨樂《こま》を囘《ま》はし、戸ごとに酒をたづねては浮かれ歩く。祭のあとの寂しさはまた格別である。野は火のやうな櫨紅葉に百舌がただ啼きしきるばかり、何處からともなく漂浪《さすら》ふて來た傀儡師《くぐつまはし》の肩の上に、生白い華魁《おいらん》の首が
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