、カツクカツクと眉を振る物凄さも、何時の間にか人々の記憶から掻き消されるやうに消え失せて、寂しい寂しい冬が來る。 
     *
 要するに柳河は廢市である。とある街の辻に古くから立つてゐる圓筒状の黒い廣告塔に、折々《おり/\》、西洋奇術の貼札《はりふだ》が紅いへらへら踊の怪しい景氣をつけるほかには、よし今のやうに、アセチリン瓦斯を點《つ》け、新たに電氣燈《でんき》をひいて見たところで、格別、これはといふ變化も凡ての沈滯から美くしい手品《てじな》を見せるやうに容易く蘇《よみがへ》らせる事は不可能であらう。ただ偶々《たま/\》に東京がへりの若い齒科醫がその窓の障子に氣まぐれな紅い硝子を入れただけのことで、何時しか屋根に薊の咲いた古い旅籠屋にほんの商用向の旅人が殆ど泊つたけはひも見せないで立つて了ふ。ただ何時通つても白痴の久たんは青い手拭を被つたまゝ同じ風に同じ電信柱をかき抱き、ボンボン時計を修繕《なほ》す禿頭は硝子戸の中に俯向《うつむ》いたぎりチツクタツクと音《おと》をつまみ、本屋の主人《あるじ》は蒼白い顏をして空をたゞ凝視《みつ》めてゐる。かういふ何の物音もなく眠つた街に、住む人は因循
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