つか》れたあと、何時《いつ》もその潤《うる》んだ※[#「目+匡」、第3水準1−88−81、XXXVIII−13]《まぶた》に幽かな燐のにほひの沁み入る薄暗い空氣の氣はひを感じた。そこには舊い昔難破した商船から拾ひ上げた阿蘭陀附木《おらんだつけぎ》(マツチのこと、柳河語)の大きな凾が濕《しめ》りに濕つたまま投げ出されてあつた。私はそのひとつを涙に濡れた手で拾ひ取り、さうしてその黄色なエチケツトの帆船航海の圖に怪しい哀れさを感じながら、その一本を拔いては懷《なつ》かしさうに擦《す》つて見た。無論點火する氣づかひはない。氣づかひはないが、たゞ何時までも何時までも同じやうにたゞ擦《す》つてゐたかつたのである。麹室《かうじむろ》のなかによく弄んだ骨牌《カルタ》の女王のなつかしさはいふまでもない。
Tonka John の部屋にはまた生れた以前から舊い油繪の大額が煤けきつたまま土藏づくりの鐵格子窓から薄い光線を受けて、柔かにものの吐息のなかに沈默してゐた。その繪は白いホテルや、瀟洒な外輪船の駛《はし》つてゐる異國の港の風景で、赤い斷層面のかげをゆく和蘭人の一人が新らしいキャベツ畑の垣根に腰をかが
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